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【話】花火大会

 暗い世界に光が灯る。
 音と一緒に光は消える。
 繰り返し繰り返し、何度も何度も、灯っては消える赤青緑。
 わたしは観客の集まりに同化して、何も言えずにそれを見ていた。
 今回も叶わなかった。

「あっついねぇ」
 屋台の群れに連なる提灯はどれも偽物で、その中には蝋燭じゃなくて電灯が入っている。それでよかった。彼女の晴れやかな顔がしっかりと照らされて、よく見える。会場の入り口で配られている薄っぺらい団扇を仰ぐと、青い浴衣の袖がひらひらと揺れる。わたしは、「暑すぎだよね」、なんて、どうしても会話が進展しない言葉を転がす。
 1週間前に出会ったばっかりだし、1週間はあまりにも長かった。
「元気だった?」
「……うん。ごめんね」
「よかったぁ」
 偽物の光、偽物の太鼓の音、作り上げられた空間をふたりで歩き出す。四年ぶりとなる地元の祭りはそれなりに待ちわびていた人が多いみたいで、ぐしゃぐしゃに混じり合う来場者の声をあちこちからぶつけられながら、わたしたちは人流に取り込まれる。金魚すくいとか射的とか、そういうのを全部あきらめて、屋台の隙間をすり抜け脇道へと逃げ込んだ。メインストリートから外れたところ、賑わいから少しだけ距離を置いた神社の石垣は、すっかりくたびれた人々のベンチと化していて、わたしたちも気兼ねなく座れる。
「うい、これ」
 焼きそばがぱんぱんに詰まったプラスチックのパックを、わたしに手渡してくれた。彼女がかろうじて買えた戦利品だった。膝に乗せて輪ゴムを外せば、ぱか、と小気味よく開く。「……いい匂い」、意図せずこぼれだした感情に、「食べよ食べよぉ」と答えてくれる。
 会話を彼女に紡いでもらっている。
 そんな気がしている。

 1週間前のわたしは、クイズ大会に参加していた。
 テレビ番組の類ではなくて、同好の士が集まる大会。社会人の有志がホールを丸一日貸し切って行う、大規模なものに参加していた。
 参加していただけだった。
 予選の筆記クイズを解いて、お昼ごはんをクイズサークルのみんなで食べた。結果が発表されて、わたしは、その予選であっけなく負けたのが信じきれなかった。そのあとどうやって過ごしたのかはほとんど覚えていないけれど、照明を落としたホールで目にした風景だけはぼんやりと思い出せる。
 暗い世界に光が灯る。
 音と一緒に光は消える。
 繰り返し繰り返し、何度も何度も、灯っては消える赤青緑。
 わたしは観客の集まりに同化して、何も言えずにそれを見ていた。
 今回も叶わなかった。
 頭のなかに数分間だけ残っている、くっきりとした記憶。あの子がステージの上で早押しクイズに参加している。12人いてその真ん中あたり。
 光って、いる。
 あの子が元気に4回も正解して、ステージで小さなガッツポーズをしている。わたしはそれを見届けて、ホールを出て、廊下の椅子にひとりで座っていた。
 答えたかった。あの子みたいに大きな声で。

 そんな記憶も日がたてば薄れていく。パックの中身はどんどんなくなっていく。わたしはお腹が空いていた。
「……おいしい」
「やっぱお祭りはソース焼きそばでしょぉ」
 彼女の声は、喧騒をかき分けて通ってくる。ちいさくないけどうるさくなくて、ふんわりしているけど目が覚めるような声。
 わたしはきっと、この声に何度も救われてきた。2年前、大学の新歓イベントへ導いてくれた声。1年前、クイズを続けるべきなのか悩むわたしへかけてくれた声。3日前、スマホ越しに届いた声。そして今、「明日さ、来てくれる?」なんて聞かれたから、ついつい、「えっ、あっ、行く」と答えてしまった。行くつもりではあったけれど。彼女は「やったぁ」と、ほんとに嬉しそうに言う。
 わたしは1週間ものあいだ、サークルの活動に行くことができていなかった。1週間はあまりにも長かった。だけど、日がたてば薄れていく。
 こうして薄くしてくれる。

「……ごちそうさまでした」。この神社にも人が集まりつつあった。ふたりして空っぽのパックに割り箸を押し込んで、輪ゴムでふたたび止める。
 離れたものを留めなおしたわたしたちの身体に、どおん、ぱらぱら、と、それだけで今が夏なのだと分かる効果音が突き刺さった。
 花火だ。
 ほんものの光だ。
 暗い世界に光が灯る。
 音と一緒に光は消える。
 繰り返し繰り返し、何度も何度も、灯っては消える赤青緑。
 わたしは観客の集まりに同化して、いるけれど、でも、でも、何も言えないわけじゃない……!
「  」
 ……わたしの言葉に、火薬が空間を打ち鳴らした音が覆いかぶさる。大輪が夜空に咲いたあとの、数瞬の静寂の直後だった。発声と同時の音でキャンセルされたわたしの思い。これじゃあ何も言っていないのと同じ。ああやっぱり、やめときゃよかった……!
「……聞こえた」
 聞こえていた。聞こえていたし、彼女は、
「もっかい言って?」
 なんて、そんなことを言う!
 フィナーレに向けて連発する花火は神社に大きな音をもたらし続けているけれど、それでも彼女のちょっと意地悪な台詞はよくわかった。今度はもう一度わたしの番、よりよい言葉を編むべきか、おんなじことを言うべきか?
 どちらにせよ、今度こそ、次こそ、大きな声で答えてやるのさ。

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