野球と映画は同じという話②

野球は、映画と様々な点において似ている。

同じだということはさすがに言えないけれども、色んな点を取り出して比較すると、相当似ている。
サイズは違うけれど、引き延ばしたり縮めたりするとピタッと同じ形になる二つの図形を、相似形だと小学生の頃に習ったけども、たぶんあれ。


野球における投手(ピッチャー)は、映画における脚本だという話をしたい。

投手は、「試合を作る」なんて言い方をよくされる。
投手が良いピッチングをすれば、試合に勝つ確率は圧倒的に高まる。極論、延長戦まで0点におさえることが出来たなら、その試合に(引き分けることはあっても)負けることはない。
良い投手、それは良い野球に直接結びつくのだろう。今年の阪神タイガースの優勝は、素人目に見ても投手陣の活躍がかなり大きかったように思う。


一方、映画も脚本が大事。
まあ大事。相当大事。
ヒッチコックに至っては、脚本とカット割りが出来たらほぼ完成なんて言っていたらしい(役者に失礼。ヒッチコックらしいけど)。

僕はそうまでは思わないけれど、やっぱり脚本は最後の最後まで修正、現場に入ってからも修正。どこまでも脚本の精度が映画を左右する、というのは信条だ。


映画の脚本には、柱(シーン)というものがある。

たとえば病院のシーン。廊下で話すシーンの次に、室内で話し、最後に駐車場で話すとする。
この場合、(基本的には)3シーンあると考える。要は場所が移動するたびに、シーンをカウント、脚本もその場所がどこか、柱(シーン)をまず書くことになっている。

日本映画の場合、だいたい長編映画となると、シーンの数は100前後になってくる。
一つのシーンが長いとか、間を大事に撮るものだとか、長編なのに90分を切る作品だと、シーンが70程度になることもあるけど、稀な方。

あるいは、アクションでいろんな場所に行きまくったり、カーチェイスしながら街の色んなところを駆け巡る映画となってくると一気にシーンの数は増えるが、だいたいの映画は、85~110のシーンにおさまると思う。
先月撮った監督作「君の忘れ方」は、シーン数でいうと100を少し切るくらいにおさまった。

これがなんと、
ピッチャーが一試合に要する球数とほぼ同じ数なのだ。

今年の9月23日、阪神タイガースの伊藤将司は、わずか90球でヤクルト相手に完投勝利を果たした。9月9日、オリックスの山本由伸投手は、102球でノーヒットノーラン、完全試合を成し遂げた。

一試合の球数と、映画の柱の数がほぼ同じ。
これに気が付いた時から、映画の脚本と野球が、急に同じものに僕には思えてきたのだ。

たとえば…

そう、たとえば。 

病院を舞台にある一連のシーンを書こうとする。
先述の通り、主人公が病院に入ってから出てくるまで、廊下なりロビーなり病室なり、3~5シーンは要するだろう。
3〜5。これはつまり、投手が打者一人を撃ち取るのに要する球数とイコールだ。

脚本家はこの3~5球を使って、書いている物語が、病院を経由した意味をしっかりと出さねばならない。せっかく書いたのに、つまならいシーンになって終わった場合は、最後の球を打者に痛打されているだろう。

ひとつのシーンが長いのに(会話が延々続いて)、さしたる効果もなくそのシーンが終わったら、これも良くない。
延々と捕手の要求する球に首を横に振り、牽制球を投げまくり、時間を稼ぎまくったのに、ぱこーんと打たれる投手を見ると、ナニヤッテンダネ、と思ってしまう。


また脚本家は、狙ったところに球を投げなくてはならない。

たとえば「なんとなく」男女が恋愛を意識するシーンを掻く場合。
やっぱり「なんとなく」が大事だ。あまりに意識過ぎると、ボールは真ん中にいってしまう。めちゃくちゃ恋愛を意識してる二人じゃないか!というシーンになってしまう。

さりとて、ストライクゾーンで勝負しないといけない。ベタになるのを怖がっていると、全球ボールになってしまう。一向に話が進まない。
やっぱり外角低め、狙ったところにズバッと投げ込んでストライクを取らねばならない。


そして脚本家は、投げ分けや緩急が大切だ。
次のシーンでこうなるだろう(告白するだろう、犯人がボロを出すだろう)と観客が予想したなら、フォークボールで落とすと良い。
予想外のやり取りが始まると、観客は慌ててバットを振ってしまって三振する。

その次の打席、今度はどうだろうと観客は迷う。予想外で来るのか、ベタで来るのか。

そんな時こそ、実は全シーンで一番ベタな台詞を投げ込める。内角低め、ストレート。
最初からマークされたらホームランを打たれるボールを、ずばり投げ切って見逃し三振。球場が一番沸く瞬間である(野球でいうと七回、映画で言うと90分目くらいにくるイメージ)。


実際、100を切るのは相当調子の良いピッチングの時に限られてくる。ボコボコに撃たれたり、死球が多い場合、4回で100球に達することもある。

基本的にはだいたい一試合130球程度、完投せずに継投して、何人かでこの球数を9回まで投げ切るので、映画のシーン数よりは平均すると多いのだが、そこは目をつむっていただきたい、あくまで相似形なので。

野球=映画論は、まだまだ続く。
しばしお付き合いを。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?