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かぐや姫なんて知らない

月が落ちてきたの。嘘だと思うかもしれないけど、これは本当の話。あたしはその月をナイスキャッチで受け止めて、ぎゅっと抱きしめたらほんのりと温かかったの。
今、その月はあたしのお部屋のベッドの上にいる。ピンク色のシーツ——これはママが選んだだけであたしの趣味ではない——の上に、真っ白な枕のお隣に、大人しく収まっている。昼間はスヤスヤと眠って、夜はピカピカと光る。飼っていた黒いウサギが落ちてくる拍子に逃げちゃったのをまだ気にしていて、なんだか辛気臭く寂しそうに光る。
そうそう、温かくてザラついた球体であるところの月は、なんでか分からないけど、ずっとできなかったのに、自分で光ることができるようになった。ウサギがいなくなったからなのか、あたしが育てたからなのか。どっちにしろ、つまり毎日満月なのだ。狼男は毎日オオカミになれるし、ドラキュラはもう出歩けない。お月見団子は毎日お供えしなきゃいけない。これはなかなか面倒になりそうだから、空に帰るわけにはいかないのだ。
「空は丸いんだよ。星空は特にね」
喋っているのは月じゃない、あたし。だって月には口がないもん。当たり前でしょう?
「夜にね、芝生に寝転んで見上げてたら気付いたの。すっごく寒くてパーカーのフードを被ってたから、ちょっと音が聞こえづらいのね。隣には男の子が座ってる。ねえ、ちゃんと聞いてる?」
月はすぐあたしの話に飽きてピカピカするから、嫌いだ。そういうときは丸くてザラザラの表面を手のひらでなでてやる。できるだけ力を入れないで、雲をなでるときみたいに優しく。すると月はこれがひどくくすぐったいみたいで、ペペペペって光って反省するのだ。もちろん、脳がないからすぐ忘れちゃうけど。
「同じクラスの子なんだ。ちょっと滑舌が悪くて、でもカッコよくてね、あたしはその子のことが好きなんだよ」
後半は小声でこっそり言ったけど、やっぱり恥ずかしくて照れちゃう。顔が熱い。ほっぺたがたぶん、シーツと同じ色。
「最近カメラを買ったの、あの子。なんで男の子ってある年頃になると急にカメラとか欲しがるのかなあ、みんなして。撮って残しておくべきものなんて、もうほとんどなくなっちゃったのに。ペットの猫とかペットじゃない猫とか月のない星空とかを、男の子たちがこぞって撮りたがるのはとっても不思議。あたしには理解できない」
誤魔化そうとたくさん喋ると早口になって、言葉がコロコロ転がっていく。月は丸いけれど重くて、それに布団が柔らかいから転がったりはしない。
「だけどね、その夜にやっぱりその子も空の写真を撮っていて、寒いのに薄着で、新品のカメラを必死に覗き込んでいたんだけどね、そのときあたしは思ったの。ああこれは超ド級の、伝説級の恋かもしれないって」
ふう、とすぼめた唇から息を吐く。今日のお話はこれでおしまい。言いたいことを言いきったあたしは満足げにニヤリ。そのままベッドに横たわって、初めて出会ったあのときみたいに月を抱きしめる。

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