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私と食べることとの関係はいびつです

今日は、焼いたお肉が美味しかった(⌒∇⌒)

ご飯二杯食べたぜ(^▽^)/(⌒∇⌒)

というのは、上っ面の感想。


私は、太っている。BMIが高めだ。
就活とかコロナとかが色々と重なって病み、家から一歩も出ない日が続いて、垂直でいる時間が減り、もともとあった過食が再発して人生最高体重をたたき出した。大学に入った時と比べると、3年すこしで14キロも太った。BMIは26くらいで、さすがに太りすぎたと思った。けれど、過食は止められなかった。

ブクブクと太る自分を見たくないから鏡の前には立たないし、シャワーを浴びるときに自分の体をうっかり見ないようにするために絶対コンタクトを外す。外に出るときは基本ずっと自分に自信がなくて、早く家に帰って部屋にこもりたくなる。誰とも関わりたくなる。

私にとって食べることは生きることではなく、ストレス解消の手段であり、一日で白米を三合食べたり、「みんなで分けよう」と商品名についている物を一人で全部食べたり、スーパーで総菜を買い込んで食べる、と言う日もある。総菜を買う時は、一人で食べると思われたくなくて、「お箸いりますか?」のレジの人の答えに対して「3膳ください」と噓をつく。

だから、自分が嫌い。太ってるのも嫌だし、過食を止められないのもやだし、太ももにできた肉割れや、力を入れてひっこめてもまだ出ているお腹、好きな服をかっこよく着こなせない自分の体型、それらを理由にさらに鬱の渦にはまっている自分の心の弱さ、全てが嫌いだ。


ボディポジティブって言う考え方があることも、それで活躍しているモデルさんがいることも知っている。Twitterやインスタをフォローしているし、頑張って~の意味でハートを押す。自分のありのままを認めて世界と戦っている彼女らは、かっこいいと思うし、自分を認められている点は私と違って幸せなのかなと思う。彼女らのようになりたいな、そうすればだいぶ生きやすくなるな、と思う。


でも、痩せたい。昔は「朔ちゃんの足きれいで好き」と同性に言われるくらい綺麗な体つきをしていた。スキニーを履くことに対して何も考えなくていいほどそれが普通だったし、「着やせする方法」に敏感に反応することもなかった。自分の体が思い通りに動くことがとても気持ちよかったし、自分で自分にそれなりに自信を持っていた。

今は、昔の友達と会ったら「太ったな」って思われるから会いたくない。でも、早く痩せて、昔よりも垢ぬけて、綺麗って再び思われたいっていう思いが強くある。だから私は痩せたい。今まで太ってることで見下してきた人を見返して、昔のように返り咲きたい。

それが自分を苦しめる願望だったとしても、それを諦めきることはできず、今日も少しの罪悪感を持って生きている。

そんな日々です。

いつか。この状態が変わるといいな。

感謝感激雨あられ!