怪文書という小説の形:「こいしちゃんをさがせ!」「ぷりんちゃんはかまぼこがだいすき!」について

古明地こいしほど狂気に憑かせやすいキャラクターは、いないのではなかろうか。時折そのようなことを思うほど、彼女に混沌とした描写は似合う。ある種理解を拒絶したような意味不明瞭な文字列であっても、古明地こいしというフィルターをかけると時には非常に魅力的な作品へと生まれ変わることがあるのだ。

無論その陰に名作の域に至れなかったなり損ないの狂気が山と積まれていることは、簡単に察しがつくだろうが。

ここではそのような、怪文書の姿をした古明地こいしに纏わる小説の話をしてみたいと思う。


「こいしちゃんをさがせ!」作者:ひーだ

https://coolier.net/sosowa/ssw_l/232/1602683762

「こいしちゃんをさがせ!」は、1.5kb(750字)もないような極々短い掌編である。口語調で語られるのは古明地こいしの放浪の様子。平易な文体と三度にわたって繰り返される同じ構図の描写は内容の無邪気さも相まって絵本を彷彿とさせる味わいだ。

実際のところ、この作品が挿絵をつけて子供向けの本棚に置かれていたとしても、誰も違和感を感じることはないだろう。それどころか、これこそが本作の最も恐ろしいところであるが、古明地こいしの姿を知っていさえすれば、本作のこの非常に短い描写のみで以て、描かれた三つのシーンを克明に脳裏に浮かべることができてしまうのである。

「小説というものは短ければ短いほど、何を書かないで済ませるかが大事になってくるものである」

これは当方の知人の弁である。

初めてこの言葉を聞いた時にはいまいちピンと来なかったのだが、今なら分かる気がする。描きたくない部分まで描いているような余裕など、短編の中にはないのだ。そしてその面倒だという感情は、露骨に筆を鈍らせる。この言葉はつまり、それを防げということなのだ。

そしてこの作品は、その極致に位置している。一行の無駄もない純化され切った本作は、怪文書と評すべき圧の強さを見せながらも、確かに傑作と呼ばれるに足る格の高さを持っているのである。



「ぷりんちゃんはかまぼこがだいすき!」
 作者:好き好き大好きあいしてる!

https://coolier.net/sosowa/ssw_l/231/1598013130

「ぷりんちゃんはかまぼこがだいすき!」は、こちらも2kb(1000字)強しかない、極々短い掌編である。ぎっしりと詰められた行間も相まり、PCの一画面にその全ての文面が入り得るほどの短さを誇る一方で、この作品は前に挙げたものとは真逆の悍ましいほどの不気味さと不穏さを醸し出している。

本作の文面はその全てを古明地こいしの独白という形で描いている。内容は抽象的で理解し難く、しかも頻繁に文脈の不連続性を感じさせる。繰り返し語りかけられる「知ってた?」の言葉が、辛うじてこの文章群を纏まりのあるものとして描いているのである。

「それはきっと神様と似ていて、だから私は瞳を閉ざすことに決めたんだ」
「そんなのすごく素敵すぎて、世界中の誰も耐えられないと思うから」
「言葉を尽くすのも空しいから花火をやろうと思ったんだ」……

理解できない文言と、辛うじて理解できなくもない文言、そして理解できそうでこそあるが理解してはいけないと脳が警鐘を鳴らすような文言。

何を描いているかを微塵も読み手に理解させない本作は、確かに先の作品の対極に位置するものであり、そして間違いなく怪文書と呼ばれるに相応しい作品でもある。

本作を傑作と呼ぶか駄作と詰るかは間違いなく意見の割れるところだろう。だが少なくとも本作が、幾人かの読者を魅せるだけの不穏な魅力を持つことだけは間違いない。


「~ムカンノカネ~ "探索者こいし最後の冒険"」
作者:園原七実

https://coolier.net/sosowa/ssw_l/205/1433514410

最後に、怪文書と小説の分水嶺に位置するような小説を一つ紹介して、この記事を締めくくりたいと思う。

タイトルコールまで読み進めたなら、貴方は相当に忍耐のあるひとだ。
そこまで読み進められたなら、是非とも「――"新世界"――」の章題の前まで読み進めてみて頂きたい。きっと貴方は適性があるのだろうから。

数学的で抽象的で判然としない世界の記録。決して手放しに他人へと勧められるような作品ではないが、本作は初めて読んだ時から都合一年半に渡って当方の頭の隅に居座り続けている。難解な世界に触れ、抽象的な彼女らを知ってみたいと思うのであれば、挑戦してみるのも良いかもしれない。




――ちょっと宣伝――

秋例に出した再録本の通販委託が開始されました。興味のある方は是非ご利用下さい。

https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=728160


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?