見出し画像

陸橋

「新宿にはちょっと頑張れば歩いて行けるよ」
この町に越してきてすぐ、近くに住んでいる友人が教えてくれた。

あぁ、遠くに見えるあのビル群がきっと新宿なんだな。落ち着いたら散歩がてら歩いてみようと私は思った。

仕事にも少しずつ慣れ、とりあえずの暮らしができるところまで部屋が整った小春日和の休日、私は新宿のデパートまで歩いていってみることにした。

こういう時に地図を見ないで歩くのが好きだ。
ビル群を目指してとにかく歩き出す。
子供の頃を思い出すようなちょっとした冒険だ。迷ったり回り道したりもまた楽しい。

東京は面白い。
日本に生きていると、東京に住んでいなくても、東京に関するおぼろげな知識やささやかな情報にたくさん触れることになる。
歩いている途中に見つけた交差点の道路標識に書かれた地名や小さな橋に付けられた名前。
あぁっ!
ここはあの有名な話の中に登場した場所だ!!
こんな驚きの連続だ。

頭の中の知識や情報と目の前の現実がぴったり重なった瞬間はとても気持ちがいい。
知っている人にとっては当たり前すぎてバカバカしく感じることなのだろうけど、私にしたらまるで世紀の大発見をしたかのような快感なのだ。

脳内と現実をつなぐパズルのピースを集めながらビル群への最短距離を狙って歩いていく。
ところが東京の下町は道がくねくねしていて結局遠回りだったり、何度も袋小路に入り込んだりというトラップに嵌る。

うわー、まさに冒険!!
私は嬉しくなる。
この歳にもなると、大概の事には驚きも新鮮さも感じなくなるけれど、まるで新しいテーマパークに来た子供のようなワクワク感と興奮を日常生活の中で味わえるなんて。
そうか、小さい頃は毎日が冒険だったんだと今更ながら気づく。

心なしか足取りが勇ましい。
ビルはどんどん大きくなり、そろそろゴールも近そうだ。
街路樹を大きく揺らす凄まじいビル風に抵抗し、ランチタイムで忙しく動き回る人達の間をすり抜け、高い場所から進むべき方向を確認しようと私は陸橋に上がった。

とても大きな陸橋だった。
1つの道路を渡り終えても、その先の別の陸橋に繋がっているようだった。
2つ目の陸橋の向こうには商業施設らしきものがある。
きっともうすぐだ!!
私は足早に進み次の陸橋に差し掛かった。

2つ目の陸橋の半分を越えようとした時、私はそこがどこであるのかを突然把握した。

これまで何時間もかけて新幹線から在来線に乗り換え、やっとたどり着いていた駅前ターミナルを見下ろす大きな陸橋。
あらゆるものと人混みのパワーに圧倒され、街に飲み込まれていくような非日常を私はこの陸橋を渡るたびに感じていた。

その陸橋のど真ん中に私は立っていた。
その時、もうすでに私は東京に飲み込まれているのだと知った。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?