見出し画像

もってけセーラー服

曖昧3センチの先にあった、ピンク色の風船の感触をぷにっと感じながら地面に滑り込んだ。
ピンク色の風船は、パンと音を立てて割れた。

蝉がうだうだと鳴き声を上げ始めた、気温35度の6月始め。
今日はやっと制服の衣替えの日だ。
学校の対応はいつも遅いと、ネットでもよく言われている。時代錯誤だ。
2034年地球の気温は上がり続けた。日本の四季は縮まり、ほぼ夏と冬しかない。春もないし初夏もないし梅雨も、秋もない。つまらない。

「なんかだるーい、去年より絶対暑いよね!」
『あー暑ぅ衣替えの時期ミスってるでしょー脳みそが耳から出そう』
「恋とか青春とかしてる場合じゃねー、生きるのに命懸けだわ!」
『悩みとか、この異常気象が現在のトップランカー早5年だわ。いーかげんにシナサイ…』

太陽が頂点に達して、歩く人も見当たらない帰り道を大声を出し合いながら帰る。お互いを叱咤しながらでないと、とても目的地まで歩けない気がする。

高2の夏、この5年で世の中の様々がガラッと変わってしまった。
異常気象について行けない学校設備の所為で、運動会やら部活やらは基本的に消滅した。
辛うじて避暑地への修学旅行やオンラインで出来る部活動(ゲーム部やら、漫画研究部やらのインドア部活)が生き残った。
学校への登校もめっきり減って、年3分の1程度の登校日と後はオンライン授業だ。

そんな中でも、学生というのは交流を深めたいもので、休み時間は学校支給のタブレットで学校専用SNSを介して各々交流を深めていた。

そして久しぶりの登校日の帰り道。
新しいラーメンが出来たから食べに行こう!となったわけだ。

「やっぱラーメンは豚骨だね、断然普通からの替え玉ハリガネ」『おおーやっぱ真逆だね。私は塩、硬さは普通。おかわりはしない。』「おぁー、ラーメンの汁勿体なくね?かといってそのまま飲むのは、ちょっと無理だし」

隣の客がジロリとこちらを見る。しまった声が大きかったか?

『はいお待ち!』と替え玉ハリガネが元気よく、私ののどんぶりに入った。
ビチャっと豚骨の脂ぎった汁が、2粒3粒制服に飛んだ
。『やっちゃった!ごめんね!』と、素早く新しいおしぼりと、詫び卵と謝罪チャーシューがトッピングされた。まあ、許すと言う気持ちになった。

ラーメン屋の店主が私のスマホを指さし『最近は皆これだね!ウチの娘もこれ』といってスマホをタップしたりスワイプする動作をした。
「あは、すみません。ラーメン美味しかったです」『それは良かった!今度お友達も連れて来てね!』と餃子無料券を2枚くれた。

「やっば、豚骨臭い。」『それ早めに水洗いした方がいいよ。油物って目立たなくても残るから。とりあえず公園で水洗いしとこ?』

熱々だくだくで、公園に向かった。制服は学生の武器だ。自分達の身分を主張し、制服を着て『学生』をしているだけでキラキラと輝いて見えるそうだ。親が力説していた。
そしてウチの高校は、セーラー服。セーラー服なんて武器の中でも機関銃レベルに破壊力高いだろう。

私も制服武器説を強く推したい。
と言うのも私は制服を武器に高校デビューしてやろう!と言う腹づもりで、制服がセーラーの学校に決めたのだ。そしてその為に必死で勉強した。

その頃からオンライン授業が主だった。
オンライン授業もVRを使った最新式で、VRメガネやオリジナルアプリも、学校貸し出しのタブレットにしっかり入っていて、リアルな学校生活や授業が送れた。

中学時代の私は、(今もだが)引っ込み思案で人見知り雑談できない。そしておしゃれに興味もなく芋ダサかった。

幸か不幸かそのリアルさのせいで、得意の人見知りを発揮して、卒業まで友達1人出来なかった。

別に無視されたり虐められていたわけではなく、自分から避けてしまったり、クラスで腫れ物扱い。

そして多方面に配慮があった学校の方針で、人に馴染めない人への配慮も素晴らしく、強制的に交流深めるイベントや、2人1組イベントも発生せず。
ぬるーく、危機感なく3年間を過ごしてしまった。

そんな自分を変えるべく、高校デビューの為必死で勉強し、可愛いセーラー服の学校に入った。

そして今その自慢の武器が、豚骨の脂によって汚されてしまった。
私のキラキラ学生生活唯一の武器が。

公園の公衆トイレで、持ち帰った体操着に着替えて、セーラー服を軽く優しく水洗いする。

本当はぬるま湯が良いそうだが、このまま日にかざしながら帰ればぬるま湯につけるのと同じだろう。

『早く帰って洗おう』「跡残ったら結構ショック」『大丈夫、大丈夫』『その時は、修正液で上書きしよ!』ランは本当に私と正反対、明るく人当たり良く前向き、私の理想。

「はぁー、よし!頑張って家まで帰ろ!」言い終わるか終わらないかのところで、手に持っていたセーラー服がずしっと重くなった。

『ワン!』なんと首輪だけついた犬がセーラー服に噛み付いている。
『豚骨の匂いに釣られたか?いい匂いだもんな!』「離して!」グイグイ引っ張り合いになる。引っ張り合いになればなるほど犬は尻尾を振り嬉しそうに見える。

あぁーダメよハナちゃん!

本当に止める気がないような、鼻から抜ける声を出しながら公園のベンチと藤の花が枯れかかっている東屋から、手をクイっとふっている。
手をクイっとやってもこのバカ犬は離さないだろ!と内心悪態をつきながら、いややっぱ飼い主が悪い!責任取れ!と頭の中で憤慨している私を尻目に、とうとう犬がセーラー服を持って行った。

追いかける私、私を尻目に挑発するように、度々止まって上目遣いで、こちらを見る犬。相変わらず声掛けだけの飼い主。

そこへ第4勢力、左からピンクの風船が風に飛ばされてやって来る。
黄色い棒がついた、近くの某チェーン薬局の目がやたら誇張されたペンギンがプリントされてあるピンクの風船。
それを追いかけて来る、小学生入ってない位の黄色いワンピースの子供。

そして風船に興味を持ち立ち止まる犬。

暑い、気温35度。追いつける。もう少しでセーラー服の端を掴めそうなところで石に躓き、犬は驚きセーラー服を持って逃げ、曖昧3センチ先のピンクの柔らかい弾力に私の52キロ全体重が遠慮なく乗った。

そしてパンッと割れた。スマホからは『大丈夫?あちゃー災難だねこりゃ』

セーラー服は持っていかれ、風船は割れた。何一つ好転しない。私っていつもこう。
『またネガティブモードかな?とりあえず起き上がって制服取り返そ!』
ランは私の手を取って立たせてはくれない。彼女は私が作ったAIだから。

「わかってる」パンパンと服を適度に払い、立ち上がった。派手に転んだせいで、膝から血が滲む。
『お姉ちゃん大丈夫?』自分の風船が割れてしまったのに、人の心配が出来る良い子に関心と罪悪感を感じながら「ごめんね、風船割っちゃった。」『いいよ』

わかってる、自分で自分の殻に閉じこもってるだけで案外他人は優しく。
私を傷つけないAIと過ごすのは楽で良い、データベースにある事ならなんでも知っているし、プロンプトを書き加えれば、さらに都合よく理想的に出来る。

「これ、お詫びにならないけど」餃子無料券を、子供に手渡した。

「決めた、私明日みんなに挨拶してみる。2の3山先倶楽部で、クラスのみんなと絡む」
『いきなりハードル高!でも良いんじゃない?』
「…怖いから一緒にいてね」
『勿論音量オフで、言葉につまったらセリフ考えてあげるよー』
「ありがとう」

犬に持ってかれてドロドロになったセーラー服。クリーニング出すから、明日は体操着で授業受けることになるかもしれないけど。
一年半ほぼ交流の無かった、クラスメイトがグループLINEで発言する事に驚かれると思うけど。
それで、どんな反応が返って来るかわからなくて怖いけど。
反応が返って来て、受け答えができるか自信ないけど、大丈夫。

最後に笑うのは、多分私たちのはずだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?