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Brexit当日、北アイルランドへの旅 【Play back Shamrock #7】

※ご注意※ 本連載は2020年の同時期に経験した出来事を1年後に振り返る趣旨で公開しており、掲載の情報等は2020年当時のものです。

(見出し画像:ベルファスト行き列車の案内板。ダブリン・Connolly駅にて)

 2020年1月31日。いよいよ今回の一連の日程の中で最も大きな「イベント」に立ち会う日を迎えた。第1回でご紹介した志望動機にもあった通り、このタイミングでのアイルランド渡航の最大の目玉はBrexit=イギリスのEU離脱であった。そしてついに迎えたその当日。「国境の島」で何が起こるのかをこの目で確かめるべく、私はイギリス領北アイルランドの中心都市ベルファストへと陸路で向かったのだった。
 Brexitの瞬間に見聞きした出来事については2020年2月4日公開の「EUからの離脱の瞬間、北アイルランド議会前で私が見た光景 【Brexitを「目撃」する】」を参照いただくとして、今回はベルファストへ向かう旅行の記録として別角度から当時のことを振り返ってみようと思う。なお、過去に紛争のあった地域に政治的イベント当日に足を運ぶことに関して安全上の懸念がなかったわけではないが、研究者などとも意見交換の上、リスクは低いと判断した上での訪問であったことを申し添えたい。

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(写真:ダブリンのConnolly駅)

 旅をするとは言えこの日はあくまで平日。午前中は授業に参加し放課後、そのままの足でベルファストへと向かった。
 ダブリン・ベルファスト間は鉄道かバスを使って移動することになる。バスの方が運賃は安かったが、アイルランドで鉄道を利用する機会がこれまでなかったことも考慮し今回は鉄道を選択した(北アイルランドにはこの先も複数回訪問するが、鉄道を利用したのはコスト面などから今回のみだった)。アイルランド入国後初の鉄道であることもさることながら、陸路で国境を超えること自体が初めてであり、気持ちの上では期待と不安の両方が入り混じっていた。
 今回の旅の起点はダブリンのConnolly駅。ダブリン中心部ではConnollyとHeustonの2つの主要駅からアイルランド島内各地に向かう列車が発着している。ダブリン空港に到着した際にも似たような印象を持ったが、首都の中心駅としてはこぢんまりとした駅だと感じた。学生運賃が設定されていたことから事前にインターネット上で予約をして、改札口の発券機でチケットを受け取った。
 ダブリンからベルファストまでは列車でおよそ2時間少々。私が利用した車両は向かい合わせの座席の間に広いテーブルが備え付けられたボックス席が並んでいた。周囲の乗客は家族連れなどが目立ち、観光地に向かう特急列車といった感じの賑やかな雰囲気に包まれていた。歴史的な日を迎えた緊張感は特に感じられず、普通に旅行をしている気分になった。車窓風景も気分を高揚させた。ダブリンを出発してしばらくは海沿いを走行し、その後ものどかな風景の中を駆け抜ける。

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(写真:国境周辺の車窓風景。走行する車内から撮影したため近くのものはブレているが、羊が放牧されている。アイルランドやイギリスの鉄道旅の中で最も気に入っている情景だ)

 さて、アイルランドとイギリス領北アイルランドの間の国境はどうなっているのか。正直に振り返ると、どこに国境線が引かれているのか、車窓風景を見ている限り全く分からなかった。スマホのGPS機能をONにして地図に釘付けにならない限り、気が付かない間に国境を越えることになるだろう。スマホの電波がアイルランドの通信キャリアからイギリスのものに切り替わったことで初めて、国境を超えたことを実感した。国境はそこに確かに実在してはいるが、限りなく目には見えない存在だということがよく分かった。
 北アイルランドに入ったのち、列車は海沿いからは離れてベルファストへ向かう。それまでの区間と比べると、住宅が数多く立ち並ぶ風景が目立つように感じられた。

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(写真:ベルファストのLanyon Place駅にて)

 列車は17時半頃にベルファスト・Lanyon Place駅に到着した。なおここで注意しておきたいのが、Lanyon Place駅はベルファストの中心部からは1kmほど離れたところに所在していることだ。ベルファストには主要駅がGreat Victoria StreetとLanyon Placeの2つあり、中心部に位置しているのはGreat Victoria Street駅の方だ。対してダブリンと行き来する列車が発着するのはLanyon Place駅。ダブリンからの列車に乗車している限り、Great Victoria Street駅はへは直接向かうことができない。私はこのことを到着時まで確認しておらず、不意打ちを食らったような気分になった。ちなみにダブリン・ベルファスト間のバスはGreat Victoria Street駅近くで発着している。
 この日はGreat Victoria Street駅近くのホテルを予約しており、まずは徒歩でそちらに向かった。道中感じたことは、北アイルランドの中心都市ではあるものの、総じて静かだという印象だった。
 チェックインを済ませ、部屋に入った頃には18時を過ぎていたと記憶している。Brexitは23時。歴史的瞬間までまだしばらく時間はあるが、列車を降りてからホテルに到着するまでの間、デモや政治集会の類には遭遇しなかったことが意外だった。このまま特段変わった様子を目撃することなく、その瞬間を迎えるのか…?焦りにも似た感覚が湧いて出てきたのだった。

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(写真:ベルファスト市庁舎)

 せっかく足を運んだからには特別な雰囲気を直接この目に焼き付けてみたかった。そこで私は、Brexit関連で動きがありそうな場所を街の中心部から順にあたってみることにした(北アイルランド議会が所在するストーモントは中心部からおよそ5km以上離れていたため)。まず注目したのがGreat Victoria Street駅からほど近いベルファスト市庁舎前の広場だ。
 19時半頃。市庁舎前に到着したが、人だかりらしきものは見当たらない。カメラを構えて動画撮影をしている人はいたものの、それもBrexit関連かどうかは定かでない。ストーモントが中心部から離れていることもあり、市庁舎近辺で分かりやすい動きがあるのではと踏んでいたのだが、その予想は見事に外れた。市庁舎のライトアップをカメラに収め、次の一手を考えることにした。

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(写真:夕食のチャーハン)

 Brexitのことは一旦脇に置いておき、まずは腹ごしらえしてから次の対応を考えることにした。ホテル周辺に戻り、近隣の飲食店から適当な場所を探すことに。23時が徐々に迫っていた中であまり冒険したくはないとの考えから、中華料理店に入った。日本食を提供している店が近隣にあるとは限らず、「日本食」と称されていてもこちらの想像とはかなり違うものが出てくることは往々にしてあるので、こんな時の安全な着地点は大抵、中華料理になる。そうして21時半頃、この日の夕食としてチャーハンを食するのだった。
 食事を終えて22時頃。中心部でめぼしいものを探すことには限界を感じ、バスでストーモントに向かう決心をした。ここに行って何事もなければ諦めもつくだろうとの考えだった。
 先に述べた通り、ベルファストの中心部からストーモントまでは5km以上、バスを利用してもおよそ20分かかる。先を急がねばならない。なお、ストーモントまでのバスは普通のバスとは一風変わっている。Gliderと呼ばれ、路面電車のような外観の車両が特徴的だ。

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(写真:北アイルランド議会前にできた人だかり)
※再掲:「EUからの離脱の瞬間、北アイルランド議会前で私が見た光景 【Brexitを「目撃」する】」(2020年2月4日公開)

 Gliderに揺られ、ストーモントに到着したのは23時の数分前だった。バス停から議会の建物までは距離があったので間に合わないことも覚悟したが、議会の門は閉ざされておりバス停からほど近くのところで人だかりができていた。
 その後23時過ぎまで局地的なお祭り騒ぎの様子を見物し、ナショナリズムとは一体何なのか、その熱気から重要な問いを投げかけられているであろうことを認識しつつストーモントを後にした。
 ということで、結果的に非常に慌ただしい1日ではあったが、期待していた収穫をひとまず手にしてこの日のミッションは無事終了の運びとなった。言わずもがな、議会前のあの熱気は生涯忘れることがないだろう。異国の地で歴史的瞬間に生で立ち会う貴重な経験を前に、必死になってカメラを回している自分がそこにはいた。イギリス国歌の合唱は今でも耳に焼き付いている。

 ベルファスト1日目はここまで。翌日はベルファスト中心部を基本的には徒歩で回り、北アイルランド紛争にまつわるスポットや展示を訪ねる。

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