すこやかじゃない身体とずっと向き合うのが怖いまま生きている

※かなり前のものをそのまま投稿しているので、現時点のわたしの感情ではなく、すぎさった過去の記憶、みたいなものです。


(あれ、なんか左手に違和感?ある)

大好きなギターの練習を欠かさず始めて3ヶ月ほどたった冬、唐突にその日は訪れた。
接客バイトがもうすぐ繁忙期に差しかかる頃で、一番やりたい芝居の時間はあまりとれず、毎日たった5分ギターを弾けることだけが、自分の生きる証のように感じている時期だった。

むり、ギターを今やめたら、わたしは毎日がんばれていることがもう、何にもなくなる。

今だったら、いやいや歯磨いてるだろ(これはお世話になっている人の受け売り)そもそも笑顔つくって労働してんだろ、と思うけど、あの頃の私は頑なで。

ふいにギターがイヤイヤ、と首を振ったように見えたから、その日私はギターは無理して弾くものじゃない、と練習をやめられた。また、違和感なおったらやろう、うん。
ただ楽器は趣味だから休めても、仕事で利き手は使えません、なんて言うことができないまま無理やり地獄の繁忙期、手を酷使し続けて年を越し、いつのまにか利き手でもある左手はほとんど動かなくなってしまっていた。
今冷静になると少人数制で一人消えたら詰む、みたいな仕事場、周りに無理です、といえない環境、会社に問題があると思うのだが、当時は痛みに耐えながらにこにここなすことに必死で。
やめます、と言った時、店長は休職を勧めまた手が治ったら、とのんびり親切に言ってくれたがもう心身限界である。むしろこれを理由にやめられる、芝居思う存分できるぜさよならはっはっは。こうして私は無職になったのである。

これで何のしがらみもなく舞台に専念できる!私は急に動物園の檻から放たれ本能でジャングル駆け回る野生動物のような思考回路であった。
そう、ぶっちゃけ原因不明の24時間営業の痛みと不自由な利き手はわずらわしいし不安だったはずだが、それより社会から解放される心地よさがそのときは勝った。晩年のカフカ(彼も療養で仕事を休職していた)さながら。

でも、痛みを無視して駆け回ってばかりだったある日、突然バキッと左膝ご乱心。曲げると激痛が走るようになった。
お風呂ですすり泣く自分が痛くて涙が出ているのか、精神的なものだったのか、わけわからなくなり、まぁとにかくさすがにこれにはまいった。

幼少期から原因不明の病に慣れっこでおなじみのMRIをとっても、何も異常はみつからない。

待合室に漫画ワンピースはあって最高だと思ったけどこやつ気にくわんって思った医者とか、湿布だけおざなりにだされて悪化したりとか、いくつもの病院たちにけっと別れを告げ、親身になってくれる小さな近所のお医者さんにたどりついていて、そこからおっきな病院も紹介してくれることになった。

正直上記の時系列、わりとめちゃくちゃかもしれない。たぶん自分で思ってるよりあの頃しんどかった病院巡りや症状、記憶が曖昧である。

で、ここからが大きな一歩。
誤診もあったりなんだりしたけど、線維筋痛症と、どでかい有名?な病院で診断された。

この病は、脳神経によるバグで身体が勝手に痛みを感じてしまう、みたいなものでちょっと触れただけでも激痛の箇所があったり。
私の場合は現在主に左半身。痛みの強さは気温や疲れで波がある。

予後は人それぞれだし治療法も今のところは、これをすれば確実に治るというものが、ない。

リハビリ治療と薬治療。あーずっとこいつと付き合っていかなきゃならんのか。
病名が明確になり安心した気持ちもあった。でも、同時に言いようのない不安があの頃は今以上にわたしを覆い尽くしていた。
あれから、ずいぶん遠くまできた。病気になってよかったとは思わないけど、と友人がかつて言っていた。でも、の先をあんまり思い出せないけどプラスなことだった、気づけたことがある、みたいなニュアンスだったと思う。
その友人の言葉が、今の方がきっと、痛いくらいわかる、なんて軽率に決して言えないけど、他人の痛みをまるごとわかりきることなんてできない、でも、共感する。
しんどいこと。あの時より何倍も実感のこもる思いで、療養することの大変さを痛感するわたしになった。

少しは、もっと誰かの痛みに寄り添える私になっただろうか?

敬愛する方が、しんどい経験をするとそのぶんやさしくなれる、て言っていた。わたしは数年前よりはやさしくなれたかな?
少なくともあの日々よりも、どれほど、当たり前に過ごせる日々が、そうじゃないか、知っていて、だから、すきな人たちに会えて、すきなことをできる時間を、本当に愛しく思っている。
走れなくても、ギター弾けなくても、そのかわりに、繊細に丁寧に、捉える世界も今のわたしにはあるよ。ねぇ、だから、消えたくてたまらないほど痛かった時間を乗り越えてくれてほんとありがとね。

年始に知り合いに挨拶に行った時、一応病気のことを話したので知っているその方は聞いてきた。
「今おつとめは?」
私は元気よく無職です、とほわほわ答えた。すると、その人は
「入院とかはしないのよね?」
というようなことをやや戸惑ったように聞いてきた。たぶん、全然悪意はなくて。ただ心配してそう聞いただけなのかもしれないけど。入院して治っていたら苦労しないよ、とほんの少しもやもやしつつ曖昧な笑顔を浮かべた。
またこの人にも思われたのだろうか、普通に過ごしてるのに働かないの?って
そんな、ひねくれたことを考えてしまった。

線維筋痛症の経済困難率は高い。無理して働けば悪化し、身体を痛みが蝕んでいく病かつ難治性なのに、難病指定はされていない病気だから、それはそうだろう。
また、常に痛みが伴うので鬱病も誘発しやすいとのこと。命に関わる病ではないが精神的においつめられやすい傾向はある。
日本では資料もまだ少ないそうで、この病気による自らの手で亡くなる方の割合はだされていないが、アメリカではその確率が高いと実証されている。

強く波打つような痛みで眠れずに、もう楽になってしまいたい、と思う日もあって。でも、わたしは一人で抱えられるほど強くなくて、翌日無事気を許せる相手と会えたら昨夜はそうだったんだ、てこぼすことで生き延びられてきた。

意外とこの病になる人は多いらしくて、知り合いにいるよ、て友人もいたし、なんと芝居仲間にも同じ持病の子がいたし、なんかコミュニティを作って分かち合えたらより生きやすそうだよなぁって思ったりする。
今は自分が生きることに精一杯だけどさ。じつは子宮内膜症でもあり、線維筋痛症も追加され、まぁ他にもエトセトラ症状があったりする身なので(鍼灸師に病オンパレード祭りなんですよ!てドヤ顔で言ったら、オンパレードと祭り意味おんなじっすよ、とつっこまれた…)病持ちの人間が息をしやすい社会にしていきたい、と思う。
周りにもだからある程度知っておいてもらえると助かるし、無職を恥ずかしいって隠さず肩書きなんざ関係なくひとりの人として堂々と生きていけるよう、変えていける大人になれるよう、少しずつでも歩んでいく。
前々からぼやって思っていることを、決意表明したくて書いてみました。

わりと重たい内容だったと思うので、読んでくださってありがとうございます。
なんか、誰かに症状をただ話すとき、本当ずん、て受け止めすぎて落ち込んだりしてほしいわけではなくて、わたしにとってのあたりまえの日常をただ知ってほしい。
みんなにとってのいわゆる普通の生活が私にとっては普通じゃないときにむくれそうになることもあって、うらやましくて、トゲトゲしている時もあるけど、攻撃したいわけじゃないもちろん。

あと、わたし自身がフラットに伝えられるようによりなっていけばと思う。

即興芝居は、足が悪くてもできる。でも、走っていく仲間たちがうらやましくて、言葉を飲み込んだ日があった。
あの時に戻ったら、今は言いたい台詞がある(まぁこれも役者仲間というかなんだかんだ世話になってる人の受け売りで思いついたアイデアなのだが)
「いいよなぁ、お前らはそうやって走れてさぁ」
子ども役だったから、思いきり屈託もなくわがまま言いやすいシチュエーションだったし。
格好悪くていいのだ。世界に牙をたてたって、怒るのだってわたしの自由だ。封じ込めるんじゃなくって使いたい。運命への苛立ちは表現で昇華していく、そういう人生をわたしは愛せると知っている。
「ポエムは病んでなんぼ」 
と、推しが軽やかに言ってくれたように。



下書き、書いたのはずいぶん前のこのnoteは、お蔵入りというか。
供養、みたいな気持ちで投稿している。



本当は、惰性でnoteの連続投稿続けるのよくないんだよな、思いつつも、まだ下書きのままのやつがいっぱい眠ってて、もったいないと思って投稿ボタンを押しちまう、毎週。
もったいない、は、わたしのあしをめちゃくちゃひっぱっているので、今年中にこの連続投稿、やめた方が良い気はする。
つづけることで、満足してたことに気づいてしまった。いや、継続は決して悪ではない、けど正義にしちゃ駄目だなと思う、自分の場合。
サボり魔のわたしは、やれただけで安心してしまうから。

下書きがぜんぶなくなって書きたい衝動もおきなくない週があったらやめる。

とはいえビビリだからもうすこしだけ連続投稿続けそうだなぁううんんん。

推敲がたりていない記事が多すぎるので、書く姿勢見直した方が絶対いいんだが。
あと、今月佳境だけど来月も再来月も応募したいコンクールがある。
そっちにより時間を割きたい、まずは今月のを終わらせれ!はい。

近日どうしても公開したい芝居の記事はあるので、それは来週整えて載せます。
とりあえずもうしばしよかったらお付き合いください。

毎日投稿ではないけど、連続投稿という推しのまねで始めたことがちゃんと自分のものになるまでもうすこし、続けます。

現在療養中、無職なう!サポートいただけると大変励みになり、心が喜び駆け回ります。いただいたお金は日々の表現活動費(舞台を企画する際の制作費用など)や生きるための力(交通費や夢のため貯金など)にしますので、何卒…!!