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ほおずき

 道行く人が袋を手にしていた。傘袋に持ち手をつけたような、細長い。目を凝らすと、ほおずきの赤い実が見えた。夏のことだ。
 彼らの来た道を辿ると、男が公園の柵に腰かけて、ほおずきを売っていた。赤い。「ひとつ」と言うと、男は黙って傘袋もどきの袋に入れて渡した。お金は受けとらなかった。
 家に帰ったが、差せるような花瓶を持っていなかった。代わりにほおずき笛をつくろうと萼を裂いたところ、ころんと人が出てきた。マコトによく似ていた。それは大きく伸びをして、また丸くなって、机の上で眠っていた。
 他のほおずきの萼の皮を裂き、実を揉んだ。ひとつめは果肉が柔らかくなりすぎ、破れてしまった。ふたつめも同じ。その間、マコトは小さく、机の上ですやすやと眠り続けていた。みっつめでようやく萼ごと中身をとることができた。残った種や果肉を取り出し、口に放り込んだ。久しぶりで、最初はうまくできなかったが、ギュッギュッと、懐かしい音が聞こえてきた。ギュッギュッ。マコトが目を覚ました。しばらく、笛の様子を眺めていた。古い馴染みを見るような目だった。それから、いそいそとほおずきの萼の中に戻り、ゆっくりと皮を閉じていった。いちまいいちまい、隙間もなく。ほおずきは初めのときと同じように、風船のように膨らんで、綴じ目も見えなかった。口の中の実は裂け、音はもう鳴らない。
 翌日、男のいた場所に行ってみたが、誰もいなかった。閉じられたほおずきは、あれからまだ、机の上にのっている。それはぴたりと静かだが、町ではいつもより、笛がおおく聞こえた。夏のことだった。