夜の果て

 子供の頃、よく家から追い出された。
 追い出されると言っても、ベランダに放り出されて、しばらくしたら入れられるというアレだ。出される理由は様々で、夕飯を食べないで手遊びをしていたとか、弟をいじめていたとか、まあ、そんな些細なことだ。
 覚えているのは夜の記憶だ。どうして夜だけなんだろう。昼間は学校に行っているので、事が起こるのは帰ってきてからということになるからだろうか。いや、それだけではあるまい。それは子供を止めるためだ。思考も、行動も。夜の淵、そこからどこかに逃げ出そうと、もがける子供がどれだけいるだろうか。低く首を垂れ、泣き、せがみ、入れてくれ戻してくれと叫ぶことしか、幼子にはできない。
 でも、逃げ出したことが、一度だけあった。
 いつの頃だろう、小学校の三、四年生ぐらいだっただろうか。いつもの通り親に追い出され、ベランダで泣き騒いでいたが、その日は親も強情で、なかなか入れてもらうことができなかった。カーテンはぴしゃりと閉じられ、そこから差し込む部屋の明かりは眩しすぎた。それで、そろりそろりと一階のベランダから庭へ降り、駆け出した。
 覚えているのはにおいだ。実家の近くには商店街があったが、夜は居酒屋だけが開いていた。喚声と共に、いろいろなにおいがやってきた。油、アルコール、焦げたなにか、肉、吐しゃ物。ごちゃごちゃにまじったそのにおいが、耳にまとわりつき、それから刈りすぎた襟足につき、最後に口から吸いこんだ空気でもって鼻腔を刺激した。頬が赤くなった。息があがった。でも、どこまでも走れそうだった。足は止まらなかった。倒れた酒瓶を跳び越え、水たまりの飛沫を気にもせず、裏路地に入り込み、電柱と壁の隙間を抜け、どこまでもどこまでも走った。
 結局、商店街を抜け、町のはずれに来たところで知り合いのおじさんにつかまり、家へと連れ戻された。そういう時代だった。親がどういう反応をしたかは覚えていない。ただ、おじさんに腕をつかまれ、半べそをかきながら、自分の家を見たとき、その明かりを懐かしく思った。どこかで、それよりも前に、その懐かしさのにおいを嗅いだ記憶があったけれど、思い出せなかった。
 空気が薄くなってきた。
 狭い脱出ポッドの計器は沈黙している。地球とのホットラインは途切れたままだ。あの青いあかりの日の出を見たために、そんな子供の頃の記憶を思い出したのかもしれない。自分は果たして、あの夜から逃げ出せたのかどうか、こんな歳になっても、よくわからないままだ。