台湾パイナップル職人の朝

 台湾パイナップル職人の朝は早い。
 コツはパイナップルが眠っている夜中に身を取り出して、早朝までに戻しておくことだ。台湾パイナップルは基本的に規則正しい生活をしているので、夜の八時には就寝する。深い眠りに落ちているときは、滅多なことでは起きない。だが、「深い眠り」かどうかを判別するのは難しく、初心者はいつもこの「ノンレムチェック」で失敗する。
「身の締まり具合で確かめます」
 三十年、台湾パイナップルを取り扱っているユーハンさんはそう言う。「基本的に深い眠りにあるとき、パイナップルのサイズは通常時よりやや小さくなります。ちょうど、コピー機で少しばかり縮小をかけた感じです。これを判断するのは、それこそ長年の経験でしかないですね」
 身を取り出すときは特殊な包丁を使う。これは近年の技術革新で、かなり質が良くなった。硬度よりも、その刃の薄さが大切で、ユーハンさんは知り合いの研磨師にしか、研ぎを頼まない。「ほら」とユーハンさんは包丁を見せる。「水平にすると、ほとんど刃先が見えなくなるでしょ。ここまでできる研ぎ師は、ほとんどいません」
 やはり刃を立てるときは今でも緊張するという。パイナップルが起きてしまうのはともかく、叫び声を上げられるのが一番厄介だからだ。パイナップルは集団適応が高く、その独特の周波数は他のパイナップルにも伝染し、たとえ他のパイナップルが起きなかったとしても、品質は極端に下がってしまう。結局工場一つ分のパイナップルがダメになってしまった、なんて例は探すのに困らない。
 シロップの調合は企業秘密だ。いろいろな台湾パイナップルがある中で、ユーハンさんのパイナップルは甘いだけではなく、どこか懐かしさを伴っている。
「私はよく学生時代の思い出を語って聞かせています。実らなかった初恋とか、友人との別れとか、そういったものの方が、味が深くなるようです」
 そして、その身を戻し、また皮で蓋をする。この作業を日が昇るまでに行わなければならない。正確さとともに、早さが求められる仕事だ。また、夜通し作業が行われたとしても、台湾パイナップルの起きる朝には、自分自身も起きて異常がないか確認しなければならない。神経質なパイナップルは、自分の腹あたりが割れていることに気が付くこともあるそうで、時にはその訴えを手練手管で誤魔化さなければならない。そんな重労働もあってか、年々、職人の数は減ってきているそうだ。
「だけど、私はやめませんよ」ユーハンさんはにかっと笑う。「単純に、この味を世界中の人に食べてほしいんです。気持ちとしては、子供を送り出す感じって言えばいいのかな。うちらの子供はすげえぞ、世界で通用するんだぞって」
 そんなユーハンさんの懸念は、台湾パイナップルの模倣品が出回っていることだ。ひどいところは、別の国でシロップ漬けされた別の品種のパイナップルを、台湾パイナップルの皮で蓋をするという。
「よく、台湾パイナップルは芯まで食べられるって言うでしょ。当たり前なんです。私たちは、そうやって芯のある子供たちを育ててるんですから。リンゴとは違うんですよ。食べ比べればすぐにわかる。紛い物の芯は、ふにゃっとしている。ぼろぼろとすぐにこぼれる。味だけは甘いかもしれない。だけど、そんな偽物はすぐにわかるし、皆さんには、それが本物だなんて、思ってほしくない」
 みなさんもぜひ、スーパーなどで見かけたときは、その情報が正しいかどうか見定めつつ、望郷の味を楽しんでほしい。