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記憶に残る夜は永い

夕飯で焼き魚が出たら
今日焼き魚か〜って少しガッカリするのに
夕飯時に歩いていて焼き魚の匂いがすると、そこに幸福がある気がして、そして自分はその対極にいる気がして少し寂しくなる


疲れた時1人で飲むビールも、誰かと一緒にバカみたいな量の酒を胃に注ぎこむのも。
楽しいはずなのに。
小さい時パパがお箸でペロッと舐めさせてくれたビールの方が、ずっと頭から離れなくて、小さな幸せとして思い出に残っているのは何故なのだろう。


父が亡くなったあと、兄は1.2ヶ月学校へ行けなかったらしい。
私はそんな兄の姿を覚えていない。
そしてその時私がどんな想いを抱いて学校へ行っていたのかも覚えていない。


目の前で目を見開いて苦しんで死んでいく父の姿と、保冷剤いっぱいで冷やされた父の目の色だけが鮮明に脳裏に焼き付いている。


父がなくなるまでの幼き日に、私はよく父が殺される夢を見ては泣いて、父に抱きしめられていた。もう父が居なくなってしまうかもしれないという恐怖に襲われる夜が沢山あった。


父はよく夜に私をサイクリングに連れ出した。
補助輪を付けないと自転車をこげないくらい幼い私と、長い長い夜の道のりを過ごした。
彼は、幸せだったのだろうか。
私は彼の短い人生の中で、彼の幸福の1部になれていたのだろうか。


自殺未遂をした夜、パパに会いたいと泣きながら川辺を歩いた。
パパに会うためなら命なんて惜しくなかった。
パパは私の幸福の記憶の象徴だった。
そんな記憶にずっと縋っている。


夜の散歩が日課になった。
泣きたい夜が、死にたい夜がやって来なくなった。
一人ぼっちで歩いた夜が報われた気がした。
この瞬間に閉じ込められてしまいたい、
そんな夜が増えた。


家から駅までの商店街をゆっくり歩いていると、何故か物思いに深けてしまう。
私の夜には幸福と不幸が混在している
そんな夜道が、たまらなく好きだ。

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