【読む刺激】『タゴール』

生誕150周年に 100年の悪習断つ

『タゴール』
丹羽京子=著 
清水書院
ISBN978-4-389-41119-0

 日本には「ベンガル文学研究者」と称していても、対象の半分、インド・西ベンガル州文学の研究者しかいない――そう考えていた当時、丹羽京子の登場は溜飲が下がる思いだった。
 以来20年、両ベンガル=インド・バングラデシュ近現代文学のなかでも、とくに読まれるべき作品を精力的に紹介する仕事には、常に注目してきた。その解題に同時代的感性が豊かで、再読するたびに新たな発見があることも魅力である。

 本書はそんな著者による、今年(注)で生誕150周年を迎えたロビンドロナト・タクル(英語訛りでラビーンドラナート・タゴール)の評伝である。西ベンガル州コルカタに生まれ、現バングラデシュ・シライドホで領地経営がてら多くの文学的示唆を得た軌跡、さらに膨大な作品郡の今日的意義について、読みどころは満載だ。

 それをあえて1点に絞ると、過去100年の日本における「タゴール受容」を、著者があらためようとしているところが非常に興味深い。

 冒頭2章は、1913年、非欧州人として初のノーベル文学賞を受賞した経緯と、そこから派生した訪日時の様子を顧みる。
 ここでわかるのは、アジア人の業績を評価するのに、その基準を欧米に全面依存している日本人のありようである。作品内容をまともに吟味しようとせず、聞きかじりで絶賛したりこき下ろしたりする“知識人”の無責任さである。

 なるほど、日本はこの100年、こういう意味でほとんど進歩していないのだ。

 批判から返す刀で、詩・小説・戯曲を鑑賞し、文学上の導き手であった義姉(兄の妻)などインスピレーションをもたらした女性たちを活写していく後半は、まさに著者の真骨頂。

初出:『週刊金曜日』2011年7月22日号(856号)。

注 2011年。なお、本書で現在入手しやすいのは2016年刊行の新装版のほうで、カバー写真や装丁が初版とは異なっている。


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