【読む映画】『オフィシャル・シークレット』

戦争を止めようと内部告発したスパイ

《初出:『週刊金曜日』2020年8月28日号(1293号)、境分万純名義》

 舞台は英国の情報機関・政府通信本部(GCHQ)だ。といっても、すぐピンとこないかもしれないが、前身は、ブレッチリー・パークと呼びならわされる、政府暗号学校(GC&CS)である。
 同校は、米国映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014)で描かれたように、ナチスドイツが誇ったエニグマ暗号を解読した功績で、世界的に知られている。その立役者アラン・チューリングの親友でもあり、やはり優秀な暗号解読者だったジョーン・クラークに扮していたのが、本作で主演しているキーラ・ナイトレイだ。

 2003年1月末、対イラク戦争開戦への機運が高まるなか、主人公のキャサリン・ガンは戦慄した。GCHQ で翻訳分析官として働く彼女は、ある極秘メールを受けとったのだ。送信者は、米国防総省の情報機関、国家安全保障局(NSA)で、イラク侵攻を容認させるべく、国連安全保障理事会の非常任理事国を操作するために盗聴を要請するという内容だった。

 キャサリンは、1974年生まれ。90年代には広島で英語を教えた経験もあり、その間に原爆の恐ろしさを知ったという。

 GCHQ には2001年から勤務していたが、米英によるイラク開戦への動きには、強い疑問を抱いていた。そこで、ひそかにメールを印刷し、友人に託す。市民運動家のかれらを通じて報道機関に送り、政府間の不当なもくろみを暴くことを企図したのだ。むろん究極目標は、戦争の回避である。

 問題のメールは、英主要紙『オブザーバー』の1面トップを飾った。ところが、ブッシュ大統領の軍歴詐称疑惑を扱った米国映画『ニュースの真相』(2015)を、連想させるような問題が浮上する。保守派ブログが、NSA 文書というのに米語ではなく英語が使われている、偽造ではないかと指弾したのだ。
 原因は、編集部の中でも非常に未熟な者が、取材執筆した記者に無断で、原稿に手を加えたことだった。キャサリンが職業どころか、すべてを賭けた内部告発が、あやうく潰されるところだった。

 彼女の覚悟が並々ならぬものであったことは、私生活を見ても実感できる。夫はクルド系トルコ人のムスリムで、それまでに何度も、難民申請しては却下されていた。
 この状況は、国によって、夫を「人質」に取られているようなものである。内部告発をすれば、必ずここを突かれることは、彼女自身わかりすぎるほどわかっていただろうし、現実にただではすまなかった。

 報道とともに GCHQ には激震が走り、「リークの犯人探し」が始まる。連日、同僚がつるし上げられるのに呵責を覚えたキャサリンは、みずから名のり出る。

 個人的には、ここからの展開にいちばん関心があった。これだけの内部告発をした主体は、法的にどう処遇されるのか。それに対して、どのような対抗手段が考えられるのか。

 特定秘密保護法違憲訴訟の原告としても積極的に活動してきた、ジャーナリストの寺澤有氏が、的を射た指摘をしている。本作は同法の怖さがよくわかるとして、「首相がウソをついても、それを公務員が記者へリークできない。リークできたとしても、記者が記事を書けない(記者も秘密保護法違反に問われる)。秘密保護法違反で逮捕された被告人(公務員)の弁護士は、弁護に必要な情報を被告人から聞けないどころか、連絡も禁じられる」(注)。

 キャサリンの「私は政府ではなく国民に仕えている」という言葉は重い。それにしても日本の内部告発者は、森友学園問題での近畿財務局職員のように、同じ台詞を口にしても、なぜ自死を選ばざるを得なくなるのだろう。内部告発に対する英国社会の反応を見ながら、そういうことも考える。

注 2020年3月4日付のフェイスブックより。 https://www.facebook.com/inciden2/posts/210654936979729

監督・脚本:ギャヴィン・フッド
出演:キーラ・ナイトレイ、マット・スミス、マシュー・グード、レイフ・ファインズほか
2018年/英国/112分


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