【読む映画】『稲妻の証言』

軍の免責特権に抗議した女たちは、なぜ全裸だったか

《初出:『週刊金曜日』2009年11月6日号(774号)、境分万純名義》

 インド独立以降の主要紛争下における性暴力を告発するドキュメンタリーだが、とくに北東部7州を描く後半が圧巻である。

 2004年7月15日、インド北東部マニプル州都インパールにある準国軍組織アッサム・ライフル部隊(Assam Rifles; AR)司令部前。
「マノラマの母」と名乗る12人の女性が、「私たちの人肉を貪る軍隊」という垂れ幕を掲げ、天地を引き裂くような憤怒の声を上げた――全裸で。
 インド各紙は「『ドラウパディー』が完全無欠に“上演”された」と書きたてた。

 マノラマとは、この4日前、“反政府武装組織メンバーの疑い”で AR に自宅から連行され、翌朝、集団レイプなど幾多の拷問の痕が残る遺体で発見された女性である。当時32歳。

 北東部7州の武装独立運動を制御する名目で、令状なしの逮捕や射殺、軍人不処罰など、国軍組織に超法規的権限を与える軍事特別法(Armed Forces (Special Powers) Act, 1958; AFSPA)というものがある。

 AFSPA は、インド側カシミールの人権問題に関心を抱くなら知らない者はない、いわゆる「厳法」(draconian law)だ。同法がカシミールに適用されたのは1990年だが、その皮切りは、はるかに遡る1958年、北東部においてである。
 以来、国連からもたびたび廃止勧告を受けている同法下で、数多くの「マノラマ事件」が起こされてきた。

 先の『ドラウパディー』とは、劇中で紹介される演劇のタイトルだ。

 原作は、著名な作家・人権活動家で、リッティク・ゴトク監督のめいでもある、モハッシェタ・デヴィ(Mahasweta Devi)の同名小説。女性以上に男性を圧倒せずにはおかないこの短編を読めば、全裸デモが決して奇をてらったものではないことがわかるはずだ。

 なお、本作の後日談として、マノラマの母たちをはじめとする州全土の抗議行動により、AFSPA 一部撤回決議が州議会でなされた。全廃への画期的な一歩ではある(追記)

監督:アマル・カンワル
劇中劇原作:モハッシェタ・デビ『ドラウパディー』(臼田雅之・丹羽京子訳、現代企画室 2003年)
2007年/インド/1時間53分
●山形国際ドキュメンタリー映画祭2009で上映。

追記 2016年、インド最高裁は AFSPA の超法規的権限、すなわち免責特権を、実質的に剥奪する内容の判決を下した(『The Hindu』2016年7月6日付ほか)。マニプル州で「Human Rights Alert」という NGO を主宰する、バブルー・ロイトンバム(Babloo Loitongbam)弁護士が、インド政府を相手取って提起した公益訴訟(Public Interest Litigation; PIL)に対して判示したもの。なお、マノラマの母たちの抗議行動の画像が、最高裁判決前年に行われたロイトンバム弁護士のインタビューにも掲載されている(『Countercurrents.org』2015年3月22日付)。

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