【読む刺激】『国際人権入門 現場から考える』

政府が「生き埋め」にする
人権条約という「宝」の使い方

『国際人権入門 現場から考える』
申惠丰=著
岩波書店 800円+税
ISBN 978-4-00-431845-3

 国連人権理事会の「恣意的拘禁作業部会」(WGAD)は、2020年9月25日付で、入管施設への長期収容を強いられてきた、日本への難民申請者に関する意見書を発表した。国際人権法に違反し、恣意的拘禁であると判断している。

 これを受けて当事者や支援弁護士らが開いた記者会見の内容を、国内のマスメディアも一斉に報じた。うちNHKは、このように伝えている。
〈政府は作業部会の意見に法的な拘束力はないとしたうえで、「収容は国内法に基づき適切に行われていることを確認しており、恣意的拘禁にはあたらないと考えている」とコメントしています〉(2020年10月6日付)

 この政府コメントが、いかに重大なミスリードか、本書を読めば、よくわかる。一般向けに極力やさしく書かれた、国際人権法の入門書だ。

 WGADが判断の基準にしたのは、世界人権宣言と、それを条約化した、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)である。国連が採択してきた九つの人権条約(中核的人権条約)のなかでも先駆的・包括的な条約で、日本は1979年に批准している。締約国の遵守状況を監督し必要な提言を行なうのは、自由権規約委員会だ。

 思いだすのは、元インド最高裁長官で、自由権規約委員会副委員長の、P・N・バグワティ氏にインタビューしたときのことだ(『法学セミナー』1998年12月号)。「日本は国際法を導入しやすい国だから羨ましいね」と、しきりに言われたのである。
 インドの法制度は英米法系であるため、条約を批准しても、そのままでは法源にならない。相応の立法なり法改正を行なわなければならない。それに対して日本では、条約が批准・公布されると直ちに国内法になる。つまり裁判にも使える。取材の翌年には自由権規約委員会委員長に就任したバグワティ氏は、この利点を評価し、それゆえ日本の人権条約の活用にも期待していたのだが……。

 先述の政府コメントで問題なのは、「国内法」とは、入管法しか頭にないのではないかということだ。その入管法が、自由権規約が禁じる恣意的拘禁を招いていると、意見書は指弾しているのである。
 ここで確認すれば、自由権規約も、40年以上前から国内法になっている。そして、憲法の条約遵守義務からしても(98条2項)、法律の上位に立つ。すなわち、自由権規約は入管法よりも上位にある。法的拘束力をもつことはいうまでもない。

 日本は、中核的人権条約のうち8条約までを批准ないし加入している。しかし、あまりに「宝の持ち腐れ」だった。しかも政府は「宝」の生き埋めに余念がない。だからこそ「条約が、そんな身近に使えるとは知らなかった」と感じたら好機である。日常で遭遇しうる人権問題に引きつけて、条約から光を当てるプロセスをたどるうちに、新たな闘い方や喫緊の課題も見えてくる。

初出:『週刊金曜日』2020年11月13日号(1304号)


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