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安価な生理ナプキン 普及の陰にある実話

 2018年の東京国際映画祭で特別招待作品として上映され、大好評を博した。
 それに先立って、英国の「ピリオド・ポバティー」(period poverty; 生理貧困)を伝える記事がたまたま目についた。生理用品を買えない貧困層の少女たちが、生理になると学校を休むという社会問題で、緊縮財政政策下にある英国全体に見られるという(『朝日新聞』2018年9月15日付)。日本にも「他国事」ではない。

 本作は、安価な生理用ナプキンの普及に情熱をかけるインド人男性の実話を元にしたボリウッド映画だ。

 新婚のラクシュミとガヤトリ夫妻。貧困とまではいかないが、暮らしぶりは質素で、ラクシュミが営む小さな工作所への通勤手段は自転車だ。タイトルロールでは、ガヤトリが調理中にタマネギを切って涙を流しているのを見て、おもちゃを改造してスライサーを作ってやるなど、草の根の発明家的なラクシュミの器用さと、彼がいかに妻を大事にしているかが描かれる。

 ある日、ラクシュミは、生理になった妻が使う当て布が、自転車磨きにも適さないほどボロボロで非衛生的なことを知って驚く。さっそく生理用ナプキンを買って帰るが、値段の高さにガヤトリは驚き、返してきてとつき返す。

 そんな折に工作所でケガ人が出る。ちょうど返品しようとしていたナプキンで応急処置をしたラクシュミは、医師に機転を褒められる。そして、ボロ布や木の葉、灰などをナプキン代わりにして深刻な病気にかかったり、命を落とす女性までいると聞いて衝撃を受ける。

 妻をそんな目に遭わせたくない。

 一途な思いに駆られたラクシュミは、安価なナプキンを手作りしようと試行錯誤を始めるのだ。とはいえ、ほかならぬ妻や家族からは奇異な視線を浴びせられ、試作品を使ってくれる相手がだれもいない。悩んだあげく、自分で試してみることに。女性用下着を買い、自作ナプキンを当てたうえに家畜の凝血をチューブで引きいれて、自転車で走りまわる。初めのうちこそ快調だったが、やがて、しみ出た血液でズボンはぐっしょり。あわてて飛びこんだのが、地元の信仰の対象でもあるナルマダ河だった。

 ここにいたってパンチャーヤト(村落議会)が開かれる。ただでさえ女性の生理を「穢れ」として、口にするのもタブーとされる社会で、ラクシュミは変質者扱いされて糾弾される。ガヤトリも泣きながら「女は、社会的な恥辱を受けるより、病気になって死ぬほうがマシと言ったでしょ」と責めて、実家に帰ってしまう。「妻が恥辱と感じることを誇りに変えてやる」と意を決したラクシュミは、みずから村を出ていく。

 本作を詳しく知る前は、理工系の超エリート校・インド工科大学あたりの出身者が、開発した製品の特許で億万長者になったというような話かと想像していた。
 大外れだった。
 安価なナプキンの開発にとどまらず、その簡便な製造機を発明するにいたるまでの苦闘も頭が下がるが、それ以上にすごいと思ったのは、製造機の制作工程を、だれもが利用できるパブリックドメイン(公有)として公開したことだ。

 ラクシュミのモデルは、南インド、タミル・ナードゥ州に住む、アルナーチャラム・ムルガナンダムさん。2014 年には米誌『TIME』の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれている。

 1962年生まれのムルガナンダムさんは、機織り職人だった父を幼少時に失って貧困のなかで育った。14歳で学校もやめて働きはじめた。
 そういう生い立ちでありながら、彼が注力してきたのは、村落の女性自助グループに製造機を販売し、操作方法を教えることなのである。自助グループは、マイクロクレジット(少額事業融資)で製造機を購入し、生産したナプキンを使うだけでなく、地元社会で小売りする。女性たちは安価なナプキンだけではなく、起業と収入創出の機会も手にしたのだ。

 そうした試みは、インド国内で23州、国外では6カ国に広がっているという。劇中ニューヨーク国連本部でのスピーチで、インド人女性のナプキン使用率は2%から18%に上がったと語られるが、「生きているうちに100%にしたい」というのが現在の抱負だ。

 どんなにまっとうな理屈を並べても、それだけで社会的禁忌を払拭することは難しい。ムルガナンダムさんの生きざまは、実践することの意義を、たいへんな説得力でうったえかけてくる。

 ラクシュミに扮するアクシャイ・クマールは、ボリウッド稼ぎ頭のひとりだ(ちなみにヒンドゥ教徒)。かつてはアクション俳優のイメージだったが、ここ10年は社会派娯楽の主演も目立つ。本作もその1本で、重い主題にもかかわらず成功しているのは、純朴さを感じさせる持ち味に負うところも大きい。
 やはり実話に基づく『ダンガル きっと、つよくなる』〈Dangal, 2016〉などもそうだが、近年、インド映画界の代表的な男優たちが次々に女性の人権をとり上げヒットさせている。じつに頼もしく、かつ羨ましい。

監督・脚本:R. バールキ
原作:トゥインクル・カンナー
出演:アクシャイ・クマール、ソーナム・カプール、ラーディカー・アープテー、アミターブ・バッチャンほか
2018年/インド/140分

初出:『週刊金曜日』2018年12月7日号(1212号)、境分万純名義

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