【読む映画】『ようこそサッジャンプルへ』

現代インドの風刺コメディ

《初出:『週刊金曜日』2009年9月18日号(767号)、境分万純名義》

 シャーム・ベネガル監督といえば、1983年の「インド映画祭」で上映された第1作『芽ばえ』〈1974〉がいまも語りつがれる。指定カースト(かつての不可触民)差別を告発した同作は、世界最大の映画界・ヒンディ語映画界で1970年代に興った「パラレルシネマ」の鮮烈な嚆矢だった。

 パラレルシネマとは、シリアスな社会問題を、良い意味での娯楽色を加味して描きだすもので、その隆盛を牽引してきたベネガル監督は、インドで最も著名な映画監督のひとりだ。
 女性の人権に関する秀作が多いほか、近くはインド国民軍を率いたスバース・チャンドラ・ボースを描く歴史大作『Netaji Subhas Chandra Bose: The Forgotten Hero』〈2005 注1〉のように、国家映画賞受賞歴も多数。

注1 2019年にインド大使館ヴィヴェーカーナンダ文化センターなどで、『ボースー忘れられた英雄』というタイトルのもと、日本語字幕を付した特別記念上映会が行なわれている。

 そうした巨匠によるものとしては、本作は意外な小づくりだ。だが、ベテランらしい適度の抑制やキャストの好演が相まって、肩がこらずに楽しめるコメディタッチの風刺ドラマになっている。

 現代、北インドのサッジャンプルという架空の村。
 主人公の若者マハーデーウは、カレッジを出たものの就職に困り、村人の手紙の代筆・代読をして日銭を稼いでいる。たまたま、初恋の幼なじみがムンバイに出稼ぎ中の夫への代筆を頼んできたことから、2人を別れさせようと画策を始めるというのが縦糸だ。

 一方、彼に対するさまざまな依頼を通じて村の人間模様が描かれ、そこから現代インドが抱える問題が浮かびあがる。サブプロットはみな現実を反映したものだ。

 たとえば、「政府が蛇を使うのは虐待だと禁じたので、ゴム製オモチャで代用しているが、まるで仕事にならない」と、蛇つかい(一般に指定カースト)が嘆いている。 
 インドはもともと、良くも悪くも生類保護に突出した国だが、ことに1989年末から90年代初めにかけて環境大臣を務めたマネカ・ガンディ(注2)あたりから、本作類似の“生類保護政策”が強引に打ちだされては、いくらなんでもいきすぎだと社会的に批判されるという図式がくり返されている。

注2 インディラ・ガンディ元首相の下の息子サンジャイの妻で、現・国民会議派総裁ソニアの義妹に当たるが、所属は政敵のインド人民党。

 あるいは焦点のひとつ、村議会議長選挙。立候補者は女性やヒジュラ(後述)のみだが、これは1993年の憲法修正で導入された留保制度による。同制度は、村議会議長と議席の33%を女性に留保しており、この対象となる村はローテーションで決まる。
 ちなみに、1996年時点ですでに、国会および州議会議席の33%を女性に留保する法案も上程されてはいる。しかし与野党対立に、低カーストや宗教的少数者の意向が複雑に絡みあい、こんにちまで懸案事項のままだ。

 ともかくも積極的差別是正措置(アファーマティブアクション)に熱心なインドだが、現実が理想どおりにいくとは限らない。

 本作では、ヒンドゥ教徒狂信派の前議長が、御しやすい妻を立候補させる。
 かつ、宗教的少数者であるムスリム女性の出馬を阻むため、その夫がパキスタンのスパイだとでっち上げの中傷をする。「彼女の立候補を認めたら“暴動が起きる”から選挙無効になるだろう」という脅迫的な手紙を選挙管理委員会に送るよう、銃を見せつつマハーデーウに強いる。
 日本のマスメディアが「宗教暴動」と短絡的に報じる事件の裏には、たいてい、利権絡みのこういう事情があるものだ。

 また、南アジア特有の第3の性、ヒジュラの政治家が登場するが、これは過去10年余りの現実、ヒジュラの政界進出を後追いしている。

 劇中ではマハーデーウ作という設定のキャンペーンソング、「男に政治をやらせてみた 女にも政治をやらせてみた(が、世の中良くはならなかった) 今度はヒジュラにやらせてみよう」は、著名な実在のヒジュラ、シャブナム・モウスィ(Shabnam Mausi)がマディヤプラデシュ州議員に当選した1999年、これこそが勝因だとした支持者の声そのものなのである。

(所属や肩書きなどは当時)

監督・脚本:シャーム・ベネガル
出演:シュレーヤス・タルパデー(注3)、アムリター・ラーオ、イラー・アルン、ディヴィヤー・ダッター、ヤシュパール・シャルマ、ダヤ・シャンカール・パーンデー、シュリー・ヴァッラブ・ヴィヤスほか
2008年/インド/138分

注3 本作は「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2009」で上映された。前年の「アジアフォーカス・福岡国際映画祭2008」では、助演した『オーム・シャンティ・オーム』〈2007〉が上映されており、いずれも「シュレーヤス・タルパデー」と表記されている。彼は『Iqbal』〈2005〉というオフビートの佳作で初主演し、聾唖だがクリケット好きの明るい主人公を演じて注目され、メディアコングロマリット Zee Entertainment Enterprises 主宰「Zee Cine Critics Award」で主演男優賞を受賞した。その受賞式などを参照すると「シュレヤース・タルパレ」と発音されている。


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