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ハグ ハグ

しばらく行けなかったので、久しぶりにおじいちゃん1の所に
顔を出してきた。アイスクリームと桃持って。
着いた時は、丁度お昼ご飯時。
ところがおじいちゃんはテーブルに突っ伏している。
Hello.
というと憮然とした顔で立ち上がろうとする。
介助してもらってどうにかウォーカーに。
部屋に戻る道すがら(っていったって20歩くらいだけど)
介助してくださっているミウラさんが、
「今日はお昼サラダとか、苦手なものだったからですかね。
でも、普段はちゃんと召し上がってますよ。」と
教えてくださった。
とは言っても、以前のように、残さず食べる習慣も
気力ももうなくなってしまっているそうな。
「とにかく、お好きなものをお好きなだけ召し上がっていただければと
思っています。でも、お元気ですよ。安定してらっしゃいます。」

お部屋に入って私に気がつくと
「Oh, long time no see.(久しぶりだな)。 Noriko, right? (ノリコだよな)」
うん。ごめんね、ちょっと忙しくて。アイスクリーム買ってきたよ。
と言うと大きな笑顔。
買ったのは小さなハーゲンダッツの6個入りパック。
ストロベリーにする? バニラがいい? というと、
「ストロベリーだなぁ。」と。そして食べ始めると、「うまいなぁ。」
ほんとに、おいしいと思って食べているのが、笑顔から伝わってくる。
何度もなんども、おいしいおいしい、といってくれて、
ほんとに舐めるように最後まですくって完食。
食べながら、「前回来たのはいつだっけ?」と言われて、
「7月?」と答えながら、ずいぶん間が開いちゃったなぁと反省。

でも、しばらくぶりだとこんなに何度も言ってくれるのは
うれしいなぁ。
私は、彼が倒れてからのお付き合いで、
彼の人生かなり後半になっての関わりなので、
よく混乱もせず、私の顔と名前を覚えてくれているよねと、
それ自体もとてもありがたいと思う。
一緒に御世話をしているキョーコさんは、おじいちゃんの教え子だから、
おじいちゃんも、先生としてどこか幅をきかせるというか、大きく出る
ところがある。イヤだ、ダメだ、と言い張ると、キョーコさんは
先生がそうおっしゃるなら……と譲るのだ。

私はそういうしがらみがない分、ダメなものはダメ、
散歩に行きますよといったら何がなんでも行きますよ、
みたいに譲らずに渡り合っているので、扱いにくいやつだと
当初は思っていたと思うのだけれど。
キョーコさんも、ノリコさんの言うことは聞かなくちゃと
思ってるわね、と苦笑い。
でも、それで、こうやって、訪ねると喜んでくれて、
久しぶりだななんて言ってもらえるのはうれしい。

私は父が健在で施設にいるけれど、家族にあまり関心のない人なので、
訪ねていっても、ほどなく、もう、帰れといわれたりする。
この間は、私が行ったら玄関で待っていたので、施設の方にも驚かれたのだけれど、何のことはない、父がほしかった飴を
私が持ってくるのを待っていたのだった。
飴がないとわかると、買いに行けという。
買って来て渡せば、用事は終わり。もう、帰ってよし、と放免。

それと比べてはいけないのかもしれないけれど、
おじいちゃんは、この間血圧が下がって飛んでいったときも
だいじょうぶ?というと、「Good to see you(よくきたな)」
といってにっこり。
血はつながっていなくても、行けば安心してくれて喜んでくれているのが
伝わってくる。
最近は、感情、特にプラスの感情が出せるって大事だなぁと思う。
私は、そのおじいちゃんのプラスの感情に支えられて、
お手伝いを続けている。

20分くらいかかってアイスクリームを食べる間に、
ミウラさんがミルクティーを入れてくださった。
それをのみながら、アイスクリームの蓋を指さして
これはなんだという。
今、アイスクリーム食べたじゃない? その蓋。
というと、「食べた?」とおじいちゃん。
あぁ、短期の記憶があやしくなってきているんだなぁと
思ったけれど、「食べたでしょ?」というと、
なんとなく納得した顔。

飲み終わったカップを眺めながら
ピーター・ラビットだね、と笑うおじいちゃん。
教え子さん達が、お誕生日にくださったんでしょう?
というと、あぁ、そうだった、そうだった、とまた笑顔。
カップを下げにいって、もう一つあげてもだいじょうぶでしょうか、
とミウラさんにいうと、小さいからだいじょうぶでしょうということで
クッキー&クリーム を。
イギリス人のせいか、おじいちゃんは、定番にしか手を出さない。
教会の後も、お昼ご飯は毎回決まったレストランで。
食べるものはラザニア。
おやつの時はミルクティーだし、
アイスクリームはバニラかイチゴかチョコ。
クッキー&クリームを渡してから、あ、食べないかも……バニラでもチョコ
でもないわ……と思ったけれど、気がつかなかったのか
おいしい、おいしいと二個目も完食。
机の上のクッキーにも食指を示したけれど、大きな塊を見て、
今日はもういいかな、と再度笑顔。

じゃぁ、帰るね。又来るよ。
と言って、ハグしたら、珍しく、ハハっと声を出して笑った。
ハグをするイギリス人は私のまわりには少ない。
頬のキスもフランス人みたいに3回もチュッチュしないし。
極めてあっさり。そういうところが日本人に似ているなと思う。
友人のイギリス人にはほんとにハグが苦手という人もいるけれど
いつも、おじいちゃんの所にいったら、
帰り際は意識してハグして帰るようにしている。
なんだかんだいって、人と触れることは大事だと思うから。
今日も2回、じゃぁね〜とハグ ハグ。
おじいちゃんは、右手をあげて送ってくれた。

帰り際にふと思う。
私は、父にハグしたことがないなぁと。
やっぱり、ハグって、気持ちが通じていないとできないなぁと思いながら
家路につく。


得意技は家事の手抜きと手抜きのためのへりくつ。重曹や酢を使った掃除やエコな生活術のブログやコラムを書いたり、翻訳をしたりの日々です。近刊は長年愛用している椿油の本「椿油のすごい力」(PHP)、「家事のしすぎが日本を滅ぼす」(光文社新書)