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しょせん世の中は銭?

日本のクリスチャン(キリスト教徒)の間では名の知れた晴佐久神父がご近所の上野教会におられることがわかり、このところ、木曜日に彼の話を聞きに行っています。
話を聞く度言霊という言葉を思い出す、熱のこもった話をされる方です、晴佐久神父。

彼の信条は、
Good Newsを独り占めするなよ、みんなに伝えようよ
つらい状況にある人や困っている人に手を貸そうよ
っていうあたりにあります。

駅にいったら、ギターケースにお金もらいながら賛美歌歌って
布教している人がいた、と。
逆だろ、福音伝えるのに、金とるなよ。
困っているなら使ってくださいって金渡せよ
っていうのが、彼のスタンスです。

先週は、お賽銭盗む人がいたお寺で、
監視カメラをつけたことに怒っていた神父。
なんで、盗まなきゃならない程困っている人に
宗教家ならどうぞといえないんだ、と。

昨日、晴佐久神父の話を聞いた帰り道、ふと目に入ったのが
写真のこれ。

今、多くの人が怖いと思っているのがボケることでしょう。
特にその入り口にいたり、認知症と診断された人は
どれほど不安か。つらいか。

っていうのを逆手にとって、そうならないようにお祈りしてあげるからお金ちょうだいねん、っていう「ぼけ封じ祈願」

ちなみに寛永寺系列という正統派中の正統派のこのお寺さん、
「癌封じ」もやっておられるそうな。

人の悩みや苦しみによりそうんじゃなくて、自分の銭の種にしちゃう。
それが宗教なんだなぁ、と、これみてつくづく思いました。

新興宗教でもなんでもないですよ。
宗教法人として、上野のど真ん中で、課税を免除された
由緒あるすばらしいお寺さんのやっていることがこれ!

ぼけ封じ祈願と書けば
やってくる人が沢山いますよ、と
めざといお坊さんが思いついたんでしょうか

いや、もう、めざとい越えてあざといですよ

しかもこうやってのれんみたいな旗まで作っちゃって

いらっしゃいませ〜
あなたの不幸はわしらの飯の種!

って、恥ずかしくないのかなぁ
宗教人として
恥ずかしくないんでしょうね
庶民から銭をひったくることが、お寺さんのお仕事なんでしょうね
だから、戒名だって、「幸せになりたければ、現世で金積みねぇ」って
脅すんですもんねぇ

高野山にいったとき、
お坊さんのヴィトンのバッグ保有率が高いのにビックリして
なんというか、とても残念な気持ちになったことがあるのですが
昨日のこれみた時も
なんだかすごくがっかりしました。
世の中、銭だよ銭。
宗教がそう言ってどうするんだよと、
心からそう思った瞬間でした

もちろん、全てのお寺さんがそうだと断定はしません
でも、まぁ、この現世的御利益のためにお祈りしてお金巻き上げる構造は
私はどうしても好きになれません

檀家という制度にのっかった
人を救うことを忘れた宗教に見えることが
いつもじゃないけどあるのですよね
そして、あなたの宗教はときかれたときに、
日本人のほとんどが、この拝金主義に限りなく近い宗教をさして
「仏教」と答えることをすごく悲しいと思っています

得意技は家事の手抜きと手抜きのためのへりくつ。重曹や酢を使った掃除やエコな生活術のブログやコラムを書いたり、翻訳をしたりの日々です。近刊は長年愛用している椿油の本「椿油のすごい力」(PHP)、「家事のしすぎが日本を滅ぼす」(光文社新書)