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【試し読み】原石かんな×那智 『PANTONE 13-1023 Peach Fuzz』

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」から、編集部員が二人一組で前後半に分かれて「共作」を行った作品について、前半の一部を試し読みとして公開します。続きはぜひ雑誌をお求めください。


原石かんな×那智 『PANTONE 13-1023 Peach Fuzz』


あとはもう眠るだけになったベッドの中で、メッセンジャーアプリに登録されている連絡先を整理しようと思い立ったのは、旦那との離婚を機に連絡先の断捨離をしたという可奈子の影響だった。

けれど、顔も思い出せない人や、買い物のときにポイントが付くからと店員さんに勧められるままに登録したショップのアカウントを中心に容赦なく削除していたのは最初のうちだけで、今は卒業して以降、連絡先が登録されている以外にもう接点のなくなった、小学校から大学までの間の友人たちの近況ばかりを追いかけている。氏名の間にカッコ書きで挟まれた旧姓。結婚式や子どもの写真に変わっているアイコン画像。しばらく会わない内に多くの友人に起きた慶事を喜ばしく思うと同時に、私は静かな衝撃に見舞われていた。

その中に、あってほしくなかった「シューマイ」という名前を見つけて、堪らず手に持ったスマートフォンをベッドに腕ごと投げ出す。

シューマイこと、小川修平。赤ら顔で太りやすい体質なのを気にしていて、怪獣みたいだったけれど、居心地がよくて女の子扱いもしてくれて、デリカシーのなさと気遣いが共存していて優しい。六年前、心の底から恋人になりたかった男友だちが、やわやわの小さな命を愛おしそうに抱き抱えて、父親の顔で微笑んでいる。瞬間、やたらと甘さが鼻につく熟れすぎた桃の香のように、私はピーチ・ファズの色彩を思い出さずにはいられなくなった。

二〇二四年を象徴する色として、アメリカの色見本会社から発表されたピーチ・ファズは、桃の果肉を思わせる、淡く柔らかなオレンジトーンをしていた。

人と人とのつながり。思いやりと共感。人々を一つにし、触覚に訴えかける温もり。着こなしにも取り入れやすく、万人受けする可愛らしさがある一方で、一歩間違えると遠目からは裸で歩いているように見えかねない、肌と肌が触れ合う一瞬を捉えたようなこの色に求められるものがあまりにも無謀すぎて、絶望を色に例えろと言われたら、私は絶対にこのピーチ・ファズを選ぶ。日曜日の最後に見る修平と修平の子どもの写真は、まさしくピーチ・ファズとしか言いようがなかった。

このまま眠る気にもなれず、縋るようにSNSを開く。誰かがシェアした猫の画像やドラマの感想。私のことなどお構いなしにただそこに当たり前に流れている生活の一こまは、寝しなに押し寄せる、生きていく上での身の振り方に対する不安を和らげてくれる。来るぞ来るぞと散々言われ続けている首都直下型地震や富士山の噴火なんてものが起きようものなら、まず私は助からないなと想像するだけでベッドから飛び起きてしまうほど発狂しそうになった時も、私を慰めてくれるのはやっぱりこの場所だった。ブルーライトのせいで睡眠の質が悪くなっていようが、まだスマホがなかった時代の眠れなさに比べたら、ずっと救いがある。

「今日、偶然見かけたバッグが可愛すぎる。絶対スマホとリップくらいしか入らないけど欲しい」

少しでも気を紛らわすために、ブランドの公式オンラインショップから持ってきた商品画像を添えて投稿した内容に、五分と経たずに返信がついた。

「買っちゃえ」

他人事だと思って適当なことを言う。私の投稿に反応したのが、「シューマイ」という名前のアカウントでなかったら、きっと声に出して笑っていただろう。

物欲と散財と着用の記録。

誕生日の語呂合わせで「とく」と名乗り、投稿をはじめたのは、自分で稼いだお金で好きな服を手に入れられるようになってからのことだった。可愛い服を見る度に物欲を刺激され、宵越しのお金は持たない主義だと財布の紐をがばがばに緩めては、買った服をコーディネートに組み込んでお披露目し、それから時折流れてくる、見ず知らずの人の家の犬猫の写真に癒されるだけのアカウントは、インフルエンサーという程ではないものの、服に関するアドバイスを求められるくらいにはそれなりに人々の関心を集めている。

フォロワー六千人に対し、私が交流を持つほんの一握りの相互さんの一人、サボテンのアイコン画像が目印のシューマイさんとは、かれこれ三年ほどの付き合いになる。

きりっとした眉と、羨ましいくらいにくっきりとした二重のアーモンド型の目。高い位置にある頬骨と脂肪の少ない頬はいい陰影を作り出していて、なかなか味のある顔の青年だ。年は私の二個下と聞いていたから、二十五歳で合っているはず。本業でウェブデザイナーをやる傍ら短歌も嗜んでいるシューマイさんは界隈でも人気の歌人で、独特なファッションセンスも相まって一定数のファンがついている。先日上げていた着用画像も、女性物のワンピースを取り入れていて、個性的ながら彼によく似合っていた。モデルでもないのに撮る・撮られるという行為に臆するところがなく、彼の写真を数十年後に孫の世代が見ても、色鮮やかで洗練されたものとして受け入れられる気がしている。

「もしかして、とくさんですか?」

今日伊勢丹に行ったら、顔は知らないけれど知っている人たちがたくさんいるんだろうなと思いながら暢気に伊勢丹に足を運んだ、新作の展開日。本館三階のポップアップ
(続く)


前半:原石かんな HARAISHI Canna

会社員。小学校五年生の国語の授業をきっかけに小説を書き始める。
二〇一六年に個人サークル「現象」で文学フリマに初出店。
主な作品に「ゴキブリだってフェラチオをする」「平成」「アイルロポダ・メラノレウカ」。

後半:那智  Nachi

二〇二一年に「文芸サークル微熱」を立ち上げ、文学フリマにてBL小説の頒布を開始。
主な作品に「掌編 微熱」(2023)、「skin」(2022)、「intimacy」「Between Blue」「眠れない夜の彼ら」(2021)。
本業は校閲者。


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