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作家性の観測 那智インタビュー

文学フリマ東京38にて頒布予定の合同誌「Quantum」では、「小説を書くときいったい何が起きているのか」をテーマとして、掲載作品それぞれの書き手にインタビューを行いました。今回は『掌編 微熱』(那智)についてのインタビューを公開します。

那智『掌編 微熱』の試し読みはこちら。



インタビュー

執筆プロセスについて

――最初に作品執筆の物理的なプロセスを教えていただけますでしょうか。何使って書いてるとか、どういう順番で書いてるとか。

那智:まずソフトはWordを使ってます。最初の段階から縦書きで字面を確認したいので、PCでもスマホでもWordですね。
書く手順という意味では、私はプロットを立てて書くっていうことができないんですよ。 過去に何度か試みたけど成功したことがないので、自分はプロット型じゃないんだなと諦めて、思いついたところから書いています。時系列に沿うわけでもなく、最後の一文から思いつくこともあれば、前後の脈絡のない「とあるシーン」だけがぽこんと思いつくこともあって。もう完全に思いつきベースで書き進めています。

――スマホでも書くということは、出先でも書くってことですか?

那智:そうですね、出先で書くこともありますね。

――「思いついたからすぐ書かないと!」みたいなことがあるということ?

那智:はい。なんというか、「執筆モード」を設定して書くっていうことができないんですよね。例えば、仕事が終わって帰宅して20時から23時まで書く、みたいにスケジュールを組んだとしても、その通りに進められるタイプではなくて。 本当に思いついたタイミングで書きたいように書くしかない……かなり感覚的に作っているタイプだと思うので。

執筆環境についての記事にも書いたんですけど、眠りに落ちる寸前にまとまった文章が浮かんでくることがあって。その瞬間はすごくはっきり浮かぶから、「まあ朝まで覚えてるでしょ」と思って寝ちゃうと八割型忘れてるんですよ。だからそういう時は必死にスマホをたぐり寄せて、とにかくメモってから寝る、みたいなこともよくやります。

――なるほど。アイデアを出そうとして出してるわけじゃなくて、いつの間にか湧き上がってくるみたいな感じなんですね。

那智:基本的にコントロール不可ですね。

アイデアの着想について

――次に今の話にもう出てきてるんですけど、「着想」についても聞きたいです。「寝る前に出てくる」と言ってましたけど、「出てくる」というのはどんな形で何が「出てくる」んですか?

那智:人物たちの会話というか、語り口が浮かぶことが多いです。 私は必ず一人称で書くので、そのことも影響してる気がするんですけど。
一人称だと、視点人物の語り口がそのまま物語のトーンになるじゃないですか。主人公がどういう感じでしゃべるのかがわかると、物語全体の雰囲気が見えてくるというか。

――今回の作品だったら、語り手である「タクミ」というキャラクターですね。その人物のパーソナリティとかよりも先に台詞が来るんですか?

那智:そうですね。「こういうふうにしゃべる男がいる」っていうところから始まる感じです。

――そういう作り方をしてる人は今までのインタビューではいませんでした。

那智:もちろんモチーフみたいなものはあります。この『掌編 微熱』はちょっと特殊なんですけど、私のサークル名が「微熱」なので、それにまつわる話をいつか書きたいとは思ってたんですよね。熱を出した男とそれを看病する男の話が書きたいな、みたいな。それは物語のアイデアとしてずっとあった。
ただ、そこから具体的に「こういう話にしていこう」と組み立てていくというよりは……自分でもどこから、どの時点から物語が生まれてくるのかわかってないので説明が難しいんですけど。その、「微熱の看病をする話」というアイデアと、それとまったく別のところから出てくる「こういうトーンでしゃべるタクミという男」という人物像が掛け合わさった時に「この物語」が出てくるみたいな感じなんですよね。


――一応テーマがあって、それに紐づいた人物が出てくるんですか?それとも人物とテーマは順不同なんでしょうか。

那智:そこは順不同ですね。先に人物だけが出てくる場合もあります。

――なるほど。逆の場合はありますか? 人物の語り口は聞こえてくるけど、テーマがピンと来ないみたいな。

那智:ありますね。そういう時は、「この人はどういう人なんだろう」って自分でもよくわからないままに書いていくうちに、「なんか物語らしきもの」が出てくるみたいな。 大体は何を言いたかったのかよくわからない話になりますけどね。

――なるほど。やっぱり人物とテーマの両方が必要になってくる感じなんですね。

男たちとその順序

――前にも言ってましたけど、BLという形だと最低二人出てきますよね。 今回だったら「タクミ」のほかに「ナカノ」という人物が出てきますが、そういう他の登場人物は後から出てくる感じなんですか?

那智:いま初めて気がついたんですけど、最初から男ふたりがセットで思い浮かぶことはないかもしれない。最初に視点人物としての「男1」が単独で出てきて、「男2」は後から来ますね。なんか、私の中でしっくりくる組み合わせがあるんですよ。

そもそもBLって「受け」と「攻め」で構成されていて、それぞれの属性をいろんな組み合わせで表現する文化があります。例えば「スパダリ攻め×平凡受け」とか「ワンコ攻め×美人受け」とか。
で、私の場合は王道から外れているところがあって、なんていうか、みんな地味なんですよ(笑) はっきりした属性がない。でも那智的には絶妙な組み合わせになっている。
この『掌編 微熱』のふたりをあえて表現するなら……「無愛想攻め×不器用受け」ってとこですかね。全然ときめきがない(笑) でもとにかく最初に「タクミ」っていう男の語り口が浮かんで、そこから彼の人となりがわかってくると、 彼に相応しい男として「ナカノ」が出てくるみたいなところがあります。

――なるほど。主人公にぴったりはまるパーツとして、もう一人の人物が構想されるんですね。
正直、自分が考えてたのとちょっと違うプロセスですね。いきなり関係性ありきでBLは書かれるものなのかなと思ってたんですけど、那智さんの場合は視点人物が最初なんですね。

那智:恋愛小説の書き方として考えたら、そういう風に想像されますよね。「こういう二人のこういう恋愛物語が書きたい」みたいな。

――そういう風に書いてる人がほとんどなんじゃないかな。

那智:たぶんそうだと思います。

――そうですよね。恋愛を扱う小説の書き方としては、那智さんの書き方がちょっと変というか、不思議な書き方かもしれません。

那智:その点が曖昧なまま書いてるから、いつもとっ散らかるんでしょうね(笑)

――展開も最初から見えてないんですか?

那智:全然見えてないし、何なら「お前が書きたいのは本当にラブなのか」みたいなところもあるので……。

――そこからなんですね。なるほど。

那智:そうですね。これはジャンルの話にも関係してくるかもしれないですけど。

BLというジャンルについて

――そうか。那智さん的にも、自分の作品と王道のBLジャンルとの距離みたいなものを感じなくはないということでしょうか。

那智:それはもう、ずっと、めちゃめちゃ感じてます

――そうなんですね。そこを詳しく教えてもらっていいですか?

那智:自分の創作歴をかなり遡ることになるんですけど。小説を書き始めたのは中学生の頃で、商業BL小説を一番読んでいた時期でした。それの真似っこみたいな小説を書き始めるところからスタートしたんですよね。
で、おそらく今もそうだと思うんですけど、当時の商業BL小説は三人称・受け視点で書かれた作品が圧倒的に多かった。だから私の最初のBL的インプットは基本的に三人称・受け視点の小説で、読むぶんには面白いんだけど、自分で書くとなるとそのスタイルはあんまりしっくりきてなかったんですよ。

それで、高校生くらいからは自然と一人称で書くようになりました。しかも攻めの一人称。そこからは自分的にいい感じのBLが書けるようになった感覚があったし、今のスタイルにもつながってると思うんですけど、同時に自分はいわゆる「王道BL」は書けないということにも気づき始めましたね。

小説に限らず、BL作品を楽しみたい人にとっては受け視点で展開される物語のほうが感情移入しやすいというか、より面白いのかなあと思います。私は書くのも読むのも攻め視点が大好きなんですけど。

――なるほど。やっぱり恋愛小説的には「攻め」、あるいは「アプローチする側」の気持ちがわかっちゃうと、普通はサスペンスがない感じがしますよね。

那智:そうかもしれないですね。ドキドキさせきれないというか。

――そうですね。「攻めはどう思ってるの?」みたいなところを謎にすることで、物語を作っていくことが多いのかなと思っていました。那智さんはそれとはちょっと違うということですね。

那智:その「受け/攻め視点問題」は、一時期けっこう気にしていたところではありますね。攻め視点ばかり書くと、BL好きな読者には面白くないかな、みたいな。

――そうですか。でも那智さんのファンというか、読者の方もいるわけですよね。そういう方たちは王道のBLも楽しんでる人たちなんでしょうか。

那智:うーん、どうなんですかね。私の作品を読んでくれる方が、他にどういう作品をお好きなのか聞いてみたことがないのでわからないですけど……。 でも一人称・攻め視点のBL小説って、おそらく絶対数が一番少ないと思うので、そういうのばかり選んで読んでる人もいる気がしますね。

――なるほど。そこはうまく需要と供給がマッチしているのかもしれない。

那智:そうかもしれない。

アイデアのかたち

――次に聞きたいのは、アイデアの中でも小説になるものとそうではないものがあると思うんですけど、うまくいって作品になるのはどんなアイデアかというのはわかりますか?

那智:うまくいくかどうかっていうのは、アイデアの種類という、アイデアの質としてっていうことですよね。

――そうですね。

那智:どうなんだろうな。私の場合、やりようによってはすべてのアイデアが小説になりうると思うんですよ。小説にならないアイデアがあるとしたら、それは単純に私の筆力の問題というか。そのアイデアを物語に仕上げる力が何かしら足りない時に小説にならないっていうだけで、アイデア自体が悪いとか不足があるっていうことはないような気がしますね。

――なるほど。アイデアの質というより、それを実現する技量の問題というか。

那智:なんか、アイデアが浮かぶときって……他の人の頭の中がわからないのでなんとも言えないですけど、私の場合は「こういう絵が見たい」っていう感覚なんですよ。
すでにひとつの美しい絵として頭の中にあって、それを私が自分の指先を介して文字にできるかどうかっていうところにかかってる。
伝わるかな。すごく感覚的にしゃべってるんですけど。

――絵というのは、情景みたいなものですか?

那智:そうですね、情景。

――それを記述とか描写しないといけないということですよね。

那智:そうなんですよ。だから『掌編 微熱』の着想について言葉で説明しようとすれば「微熱の話が書きたい、というアイデアが浮かんだ」ということになるんですけど、そのときに私の頭の中で実際に起きているのは、例えば「ナカノの部屋の様子をタクミとして見ている」みたいなことなんですよ。もう部屋の中に居て、目の前で男がひとり伏せっていて、何ならその温度とかも伝わっている感じ。

――なるほどな。頭に浮かんでいるのが、ほとんど完成形みたいな感じなのかもしれないですね。

那智:そうですね。ひとつのシーンとして浮かんでいるし、もはやそこに入っている。自分が。

――他の方はもうちょっと、「アイデアは色々あるけど、その中でも発展させられるものとそうでないものが あって……」みたいな感じだったんですけど、那智さんは意識的な操作以前に、もうそういう情景が全部完成された形で頭の中にあるのかもしれない。

那智:そうなんですかね。

――そうすると、浮かんだアイデアはその時点で全部良いアイデアではあるということかもしれませんね。

那智:そうですね。できるものなら、頭の中に浮かんでいる絵を全部小説にしたいなとは思いますね。

BL以外を書くということについて

――那智さんは今回BLでない作品も書かれましたが、私が聞きたいのは、BLを書こうとするときと、他のジャンルの作品を書くときはどう違うかということですね。

那智:今回初めてBLというジャンルから離れて小説を書いたんですけど、本当に全然違いましたね。
そもそもBL作品は、それをBLたらしめるための要件がかなりしっかり設定されてるんですよ。BLに限らず、例えばSFやミステリなんかにもあるとは思うんですけど、BLにもBLを名乗る以上は「かくあれかし」みたいものがあって。
それをきちんと満たしているのかどうかっていうことをすごく考えます。というのは、私のBL小説はあんまり満たせてないと思ってるから。だから、「BLらしさ」を期待して読んでくれる読者がいた時に、そこに応えきれないんじゃないかなと思って、申し訳なさとか後ろめたさを感じることがありますね。

――求められてるものはわかっているけど……ということですね。

那智:書きたいものを書けばいいってわかってるけど、このジャンルにいる以上どうしても読者の目線というか、求めを意識しちゃいますね。特に女性読者の。
そういう意味で、今回BL以外の小説を書いてみて、特に共作(『Let me see.』)の前半はすごく自由でした。
一応「みること/みられること」っていうテーマはありましたけど、 そんなに意識しなかったし、「読者が私の文章に何を求めているのか」みたいなことも一切意識せず。というか、別に何も求められていないと思って書いたので。苦労しなかったわけではないけど、自由でしたね。

――今聞いた感じだと、BLというジャンルだから自由に表現できるわけではなくて、逆にジャンルによる制限があるみたいな感じなんでしょうか。

那智:そうですね。BLだからこそ表現できるものは絶対にあると思ってますけど、同時に「BLやる以上はここは押さえてね」っていう部分があることも確か。

――なるほど。自由な面と制限される面のどちらもあるということですね。

那智:三年前に初めて文学フリマに出たときに、純文学で出店してた石田さん(習作派)に見つかって、「あなたのBLはBLを読まない人にも面白く読まれると思いますよ」って言われたわけですよ。もちろん嬉しかったし自信になったんだけど、同時にBL書きとしてのアイデンティティが壊れるみたいな感覚もあって。「本当にそうだとするならば、私が今まで頑張って守ってきたものは一体何だったんだ」みたいな。

――そうですよね。強いてBLの読者のためにBLという制限の中で書いてきたのに、という。

那智:でも、実はBL書きの中にはジャンル意識で悩んでいる人もいるみたいですね。
私が文フリに出店してるからということもあるかもしれないけど、文フリBL界隈でつながったサークルさんの中には、自分が書いてる小説はBLなのか、一般文芸なのか、はたまた純文学なのか、みたいな感じで揺れ動いてる書き手も見かけます。

――そうなんですね。みんなBLという枠に苦しめられているんですかね。

那智:文学フリマで勝負しようという人たちは余計にそういうところがあるのかもしれない。BLジャンルのみの即売会もある中で、あえての文フリですからね。私もそうなんですけど。

――なるほど、文フリにそういう人たちが集まってるのかもしれない。

発熱と酩酊、そして身体

――最後にモチーフについて少しお聞きします。今回の作品は「発熱」というテーマがあって、今さっき聞いた話だと、今回書けなかったけど書こうとしてた作品も「酩酊」した登場人物を扱うものでした。そういうモチーフは自分からすると結構「非理性的」な現象というか、そういうテーマを扱いがちなのかなと勝手に分析してしまうんですけど、そこは思うところはありますか。

那智:そうですね。BLっていうジャンルの中でしか書けないことがあるという話につながるかもしれないけど、私はずっと体のことを書きたいと思ってるんですよ。
ボーイズラブっていうのは、あくまで「女による女のための」っていうのは頭に付くんですけど、男の体を真正面から書けるジャンルだと思うんですね。まあ、この「」というのも、リアルな男と言えるかどうかっていうのはあるんですけど、それは今回は措いておくとして。
とにかく体のことを書きたい。体を通して感じる熱だったり、酩酊状態もそうだし、眠気とか疲労もよく扱いますね。あとはもちろん性的な快感もそうです。男同士のセックスが書けるのがボーイズラブというジャンルなので。それがたぶん、私がずっとここにいる理由なんでしょうね。体を書けるから。

――カッコいいですね。確かに。何となく自分もBLとスポーツとかもちょっと相性がいいような気がしていて、それはやっぱり両者が身体性みたいなものと関わっているからかもしれない。

那智:BLで描かれる身体性っていうのは特殊なものがあると思いますね。
単に体を書きたいなら、もちろん女の人の体を書くこともできるし、男の人の体についてBL以外のところで書くこともできると思うんですけど、少なくとも小説を書き始めた頃の私にとって一番しっくりきたのはBLだったんでしょうね。

(聴き手:岡田進之介)


那智  Nachi
二〇二一年に「文芸サークル微熱」を立ち上げ、文学フリマにてBL小説の頒布を開始。
主な作品に「掌編 微熱」(2023)、「skin」(2022)、「intimacy」「Between Blue」「眠れない夜の彼ら」(2021)。
本業は校閲者。


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