コロナ禍の学校に必要なこと
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コロナ禍の学校に必要なこと

さきやま@小学校の英語教育を変えたい

週末に2度目のワクチンを打ち、久しぶりの高熱にうなされていました。
副反応があると覚悟していたもの、いざ来ると本当につらい。
熱よ、下がれ下がれと思いつつ、「今は何もしなくていいんだ」と開き直れる時間でもありました。

さて、緊急事態宣言は9月末で終わるそうですね。

そういえば、今年緊急事態宣言って何日あったんだろう?

2021年も9月下旬に差し掛かり、残り3か月ちょっとという中で東京都は8か月近く緊急事態宣言orまん延防止措置が取られていました。
多くのお店が休業を余儀なくされ、学校もGIGAスクールの波に乗らされ、準備もままならないまま、2学期分散登校やらハイブリット授業やらで、どこもかしこもてんやわんやしておりました。

さてそんな中、コロナ禍が教えてくれたのは決してマイナスな面だけではないと私は思っています。
決してプラスとは言い難いですが、それでも今までの学校の在り方に「待った!」を唱える絶妙な機会だったんじゃないかと思います。

なんでも詰め込みだった学校

運動会、音楽発表会、持久走大会、プール掃除、球技大会、校外学習。
軒並み延期または中止になった学校が多いはず。

もちろん中止にできない行事もあります。(全国学力テストや県学力テスト、新体力テスト等)

ただ、こうやって並べてみるとふと思うのです。

「体育の行事多いよね」(うちだけかな?いや前任校も同じようもんでした)

これを言い換えるとどういうことが起きるか。

体育が苦手な子からしたらある意味でラッキーであったということ。
時数的に週2弱の教科に、こんなに時数を充てていたのかということ。
行事に追われず、落ち着いて学習に専念できるということ。

1学期に運動会とかやると本当に地獄ですよ。
特に運営に回る高学年は畳みかけるように、テスト→運動会→新体力テスト→プール掃除→球技大会→終業式と正直しんどい。

1年担任も入学して1か月ちょいの1年生に表現をさせるのは至難の業。

2学期も2学期で行事を中心に動く。そうなると正直な話、今の方が、授業に専念できるし、子供との時間もたっぷり取れるんですよね。

何のための学校研究?

前任校も現在の学校も学校研究に取り組んでいます。
私自身、学校研究で公開授業を5年目までに何本か経験させてもらいました。児童の実態、教材の吟味、単元計画、授業の展開、評価など、研究しなければ身につかなかったスキルはたくさんありました。
そういう意味では研究授業は価値があり、たくさんの学びを感じています。

ですが。

今、本当にしないといけないことなのか、とも思うのも正直な気持ちです。
特に教科によっては、この分散登校やらなんやらで、カットされてしまう教科が出ているのは事実。

今後の予定が不透明の中でやるのは、あまりにリスキーです。
ならいっそ、今年は担任が「これを残り半年でやってみたら授業はどう変換するのか」の仮説を立て検証するのもありだと思います。
クラス単位が難しいなら学年や、規模によっては低中高で取り組んでもいい。
学校研究=研究授業という枠に捉われることなく、委嘱を受けていないのであればそのくらい柔軟に取り組んでもいいような気がしています。

先生のスキルアップとしても大事ですが、目先の子供が置いてけぼりにならないといいなといつも思っています。

自分で学習できる力

オンライン学習や分散登校により、自宅にいる時間が増えた気がします。
今の子供は忙しいです。
クラスの半分以上が何かしらの習い事をしている今、家にいる「この時間」いかに学習に取り組めるかで、差がつくと思うんです。

というのも、明らかに集中力がないと感じます。(個人差はあります)
姿勢の悪さ、問題を見ても「えーわかんない」とすぐに感情を漏らす、それに反応してしまうなど、学校でそんな様子なので、きっと家庭では誘惑物も多くあるので気が散ってしまうと思うのです。

そんな中、分散登校により半日以上子供にとって自由な時間が手に入ってしまいました。
起床時間、学習時間、メディアに触れる時間、どうなんだろうか。

見られてなければそれでいいのか。
怒られなければそれでいいのか。

女王の教室で言っていたこのセリフが今身に沁みます。

「勉強はしなけれないけないものではありません。したいと思うものです。」

読書でも、ドリルでも、観察でも、音読でもなんでもいい。
自分で、自分のために学習する。
その意味をやり方を子供も大人も変えていかないといけない。

コロナ禍はきっとすべての転換期。
経済も働き方も教育も。
SDGsじゃないけれど、持続可能な働き方・教育って必要だと思います。
コロナ禍が終わったら、はい戻しましょうではなく、このやり方がよかったから続けていきましょうと言える学校がどのくらいあるのか。

学校の未来はどうなるのか。

Thanks!
さきやま@小学校の英語教育を変えたい
公立小学校教員×英語教育×J元ICA隊員(モンゴル) 英語は「歌って楽しい教科」から「伝わるって楽しい」教科に変えていきたい。 学級経営、授業アイディア、こんなときどうする?記録していきます。 Twitterもやってます。