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ノーコン・キラー

 第一章 殺人者

 スタジアムの隣にある室内練習場、その日の朝フジナミはグランドの土の上に横たわった状態で息絶えていた。
 明らかに後頭部を何か硬い鈍器のようなもので殴られた跡が残っていて、どす黒い血が顔や首筋から流れ出し地面に血溜まりを作っていた。
 着ていたと思われるユニフォームは破られ半裸に近い状態で倒れていた。
 事件の一報を聞き、現場に駆けつけたのはニコラスというアメリカ生まれの新人刑事。まだ日本のことを詳しく知らないが、頭は切れるタイプである。
 ニコラスは多忙を極める警部主任に代わり数名の部下を従え、現場に赴き陣頭指揮を取った。捜査は警部の教えに従って犯行現場をよく確認し、関係者の全てから個別に事情聴取を行い、推理を働かせた。

 翌日、ある程度事件の真相に辿り着いたニコラス刑事は現場に関係者一同を集めて、こう切り出した。
「いいですか、ミナサン、事件はカイケツしました。ワタシには全てのナゾがアキラカにナリました」
集められた一同は驚愕した。
「この室内練習場はソノ時、内部からキーがカカっていました。いーですか、これはつまりミッシツ殺人によるジケンなのです」
 密室殺人!
 集められた関係者はどよめき、それぞれお互いの顔を見合わせた。
「フジナミはトレーニング中に背後からボクサツされています。ちょうどピッチャーマウンドに向かおうとするところを、ハイゴから襲われました。凶器はあそこにあるノックバットでマチガイないでしょう。いーですか、つまりコレはヒガイシャが犯人とはカオミシリだったことをシメしています」
「えぇ、まさか、そんな」チームでは一番の年配者で監督をしている『どんでん』は不安な顔でそんな反応をした。
「ソーです。ハンニンはこの中にいます」
 高々に宣言する刑事の言葉に集められたナインは驚愕し、再びどよめいた。
「その時、フジナミはあなたと二人きりで早朝レンシュウをしていた。ソーですね。カズさん」
 刑事は一人の選手を指差した。
 全員がその選手に目をやる。
「カ、カズが?」
 カズと呼ばれたその男は選手としては中堅からベテランに差し掛かったところだろう。恰幅の良い体格をしている。おそらくポジションとしてはキャッチャーに違いない。投手のフジナミの相手をしていたことからもそうであると刑事は考えた。だが、気は弱そうだ。
 カズは顔の前で盛んに手を振り、
「違う、違う、オレじゃない、確かにフジナミと二人でいたけど、オレがトイレに行って戻って来たらもうすでにあいつは血を流して倒れていたんだ」
と必死に弁解した。
 そんなカズに向かってニコラスは不敵なスマイルを浮かべた。
「アンシンして下さいカズさん、ワタシはアナタをハンニンとは思っていません。凶器と思えるノックバットからアナタの指紋はケンシュツされませんでした。そしてアナタのユニフォームにも返り血ヒトツありませんデシタ」
 そう聞いてカズは明らかに安堵のため息をついた。
「で、では、いったい誰が? おーん、その時入口のアレは鍵が閉まったままなのですよ。犯人はどこから入って、そしてどこへ消えたと言うのです?」
 どんでん監督が血相を変えて訴える。
「フフフ、ハンニンはカズさんに罪を着せようと巧妙に密室から逃げ出したのですよ」
「えっ、どうやって?」
「アイカギですよ。それしかありません。そしてそれを唯一持っているのは、どんでん監督アナタヒトリです! しかもノックバットからはアナタの指紋がケンシュツされています」
 チームメイト達が一斉に監督の方を見やった。
どんでんは狼狽え、
「な、何を言うか! 何故わたしがフジナミを殺さねばならないのだ!」
と喚いた。
「ワタシは昨日、周囲の人たちにキキコミ捜査をシマシタ」
「そ、それが?」
「どんでんさん、アナタはフジナミに向かって、このノーコン、マンルイだと押し出しばかりしやがって!と罵っていたというじゃアリマセンか!」
「そ、それは別に罵っていたわけではないし、そんなことで殺すわけがないでしょう!」
 どんでんは額に汗を浮かべて必死に抗議した。
「あいつはこのチームで初の160キロ代を出せる希望の星だったんだ。それをなんでわしが殺さねばならん」
 まるで判定に抗議して審判に詰め寄る時のようにどんでんは捲し立てた。
 しかし、ニコラスはそれを一蹴し、
「ソレダケではアリマセン!」
 と、勝ち誇ったようにどんでんを上から見下ろした。
「アナタは先日フジナミに向かって、死んでしまえ! と言いましたね。どうですか、これにはナンニンもの人からショーゲンを得てイマス」
「うっ」
 流石にどんでんも反論の言葉を失い、苦しそうに呟いた。
「そ、そらそうよ、でも、あの時は、ちがう……」


 かくしてチームメイトが見守る中、どんでん監督はニコラス刑事によって手錠をかけられて警察署へと連行されてしまった。
 さて、ニコラス刑事の捜査に間違いは無かった。確かにどんでん監督はフジナミに対して暴言とも取れるそんな言葉を投げつけていたのである。しかも合鍵を持っているのもどんでん一人であり、練習相手をしていたカズのユニフォームにはなんの返り血も浴びてはいない。それにノックバットの指紋……。全てはどんでん監督の犯行を指し示す状況証拠ばかりであった。

 ところが、後日、ニコラス刑事の上司である警部と相棒のヨレヨレ袴姿の小男の探偵が詳しく事件を再調査したところ、どんでん監督の無実が証明された。

 ニコラス刑事は再び警部に連れられ、フジナミ殺害現場である室内練習場を訪れた。
「ニコラスくん、きみはまだ日本に来て、半年も経っていないのだな」
「ええ、ソーです。それがナニカ?」
「いやいや、きみの調書を読んでいていくつか気になったのだが……」
「ハイ、ナニカ?」
 警部は頭を掻きながら話を続けた。
「いや、きみはここを室内練習場、隣にある建物をスタジアムと記載していたね」
「エエ、ソーデスが……」
「いやいや、ニコラスくん、きみは相撲という日本の国技については何も知らないのかね?」
「スモウ? ア、ソー言えば聞いたコトはアリマス」
「そうかい、でも実態は知らなかったんだね」
「エエまぁ、タシカニ」
 警部は苦笑いを浮かべた。
「ニコラスくん、ここは相撲部屋であって、隣にあるのは国技館なのだよ」
「エッ、ソーなんですか?」
「それからきみの言うピッチャーマウンドというのは土俵であり、あの白い線はプレートではなく、仕切り線だ」
「ソーでしたか、タシカにマウンドの割にはずいぶんタイラだなとオモいました。ピッチャープレートのラインも何故フタツあるのか、フシギでした。アレが日本式なのかなと、二本だけに、あ、スミマセンワライゴトじゃないですね」
「いや、いいんだ、それよりきみが聞き込みしたどんでん監督、いや親方の言葉だけどね」
「アア、このノーコン、マンルイだと押し出しばかりして デシタね」
「うん、それはね、濃紺、フジナミの付けているまわしの色のことなんだ。それと万累陀(まんるいだ)という四股名の力士がいてね。それとフジナミは共に押し出しばかりする相撲取りだったんだ。それから160キロ超えというのはもちろん体重の話だ」
「エ、エ、それは分からなかったデス。それじゃもうヒトツの、死んでしまえ!というのは?」
「ああ、それはね、部屋の公式サイトにアップする力士達の集合写真を撮影していた時のことで、どんでん親方が新弟子に前に来るように指示したらしいんだ。フジナミはまだ新弟子だからな」
「シ、シンデシ、新、弟子、前、デスカ?」
「ふむ」
「OH! Why! Japanese! ニホンゴ、ムツカシイ!」
 ニコラス刑事は頭を抱えた

「ソ、ソレデは、シ、シンハンニンはいったい、誰なんですか?」
 ニコラス刑事は警部に訊いた
 すると警部は部屋の壁に掛けられている木札を指差した。この部屋に所属する力士達の四股名が筆で書かれて並んでいる。
 一番右端に『富士波』がある。その隣、『第』という一文字だ。
「あの二番目のヤツはなんて読むのデスカ?」
「あれは第と書いて『やしき』と読むらしい。わしも知らなかったよ」
「やしき、デスカ……」
「そいつが犯人だよ」
「え、やしきが?」
「きみも会っているだろ? カズだよ」
「ちなみに相撲は元からユニフォームを着てないので返り血は付着してないよ。まわしもつけてなかったんだろうな。身体を洗い流しただけだ。それとカズだけどな、四股名が第で、名前はカズアキという。漢字で書くと一章だな」
「第  一章(ヤシキ カズアキ)」

 そうだ。だから彼が殺人者であると、この小説の冒頭に記載しておいたのだよ。覚えてるだろ?



 おわり

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