麻雀回顧録(高1フリーデビュー後編)

前回までのあらすじ
麻雀回顧録(小~中学生編)https://note.com/sakitama_ringo/n/n949893fc13be

麻雀回顧録(高1フリーデビュー前編)
https://note.com/sakitama_ringo/n/nf05d3f100aa1


「いらっしゃいませ」


。。。というような挨拶などなかった。


重いドアを開けると1卓だけ立っていた。

全員の視線が自分に注がれた。
明らかに不審者を見るような眼差しだった。

少しでも大人に見えるように、子供にみられないように坊主頭から少し伸びた髪を整髪料で無理やり立たせていた。


当時の自分はこれで子供には見えない大丈夫!と思っていたが、周りの大人からみたらどこからどうみても子供の出で立ちだったように思う。

お店にいた全員が、こんな子供が打ちにきたとは思わなかったのだろう。
「初めてですか?」とも聞かれず暫し沈黙が続く。


沈黙に耐えられなくなり怖気づいて引き返そうとした時、卓についていた店主らしい方から声をかけれられた。

「ん、、何ですか?」

ようやく話しかけてもらえ、客としてきた旨を告げる。

「えっ、、お兄ちゃん中学生、、?高校生でしょ」


「大学生です」


「いや違うでしょ、だめだよ帰りな」


「大学生です」

完全に怖気づいていたが、ここだけはなぜか抵抗できた。


しばらくの押し問答の後、業を煮やした客の一人が声をあげる。


「マスターいいじゃん。面白そうだから打たせてみなよ」

この一言でマスターが折れた。
ようやく客として認めてもらい、ルール説明を受ける。

緊張で説明が一切頭に入ってこなかったが、最後に衝撃的な一言があったことだけはハッキリ覚えている。


「あっ後はイカサマね。見つかったら市中引き吊り回しの刑だから。」


「えっ、、、」


店内を見回すと「イカサマ厳禁」「イカサマ発覚は市中引き吊り回しの刑」と書かれた紙が至る所に貼られていた。

ショーイチに憧れ山を積む練習ばかりしていた少年を動揺させるには充分すぎる一言だった。
さすがにしようとは思っていなかったし、現実的に市中引き吊り回しなどあるはずもないのだが、この一言で物凄く動揺したのを覚えている。


「じゃ打つよ」


店主に案内された卓に着くと、中央に見慣れない装置があることに気づく。


「。。。なにこれ」


初めて全自動卓を見た瞬間だった。


「手積みじゃないんか。。」


自分で今思い返してもバカとしか思えないのだが、雀荘は手積みだと思っていた。
今まで自分が読んできた麻雀放浪記もぎゃん自己も哭きの竜もショーイチも出てくる卓は全て手積み卓だった。


知らないボタンが幾つもあり使い方が分からなかったが、教えてもらいようやく賽を振る。起家スタートとなった。

出た目は右10

自宅で1人何度も牌を混ぜては山を積み、1人麻雀に興じていた自分にとって牌の取り出しはお手の物だった。

はずだった。


緊張もあったのか、勢いよく右10を割った瞬間端牌をこぼし牌が見えてしまう。


「すみません。。」


謝り牌山を直す。


次の4牌をとろうとした時に卓上に声が響く。


「おい」


すぐに自分のことだと気づき、謝罪が足りなかったかと思い再度謝る。


「100円」


「.....えっ」


固まっている自分にマスターが説明する。


「兄ちゃん、さっき言ってなかったけど牌こぼして見せちゃったら場に100円供託な」


「あっ、、、はい。」


慌てて財布から100円玉を取り出す。
頭の中はクエスチョンマークだらけだったが緊張で弾けそうになっていた少年に抗う術はない。
聞いたこともないルールと緊張で動悸が収まらなくなっていた。

手は震え続け、最後のチョンチョンでも牌をこぼしてしまう。


「おい兄ちゃん、麻雀できるんか?」


「。。すみません」


平謝りし更に100円を場に出す。
完全に雰囲気に飲み込まれていた。


もう何もできなかった。ただただ雰囲気に気圧されていた。
ポンチーすらできなかった。

そのまま局は進み南3局を迎えた。
まだ一度も和了ってなかったのでラス目だったと思う。

この局も何もできないまま、中盤に対面の親から立直が入った。


細かい記憶はないのだが、とにかく全ツッパしたのは覚えている。
ラス目だから行かなきゃ、とかそんな意識ではなく、目の前の手牌を揃えようとしていただけのように思う。

無筋を連打しまくったが幸いロンの声はかからない。


親もツモれず、自分もなかなか手が進まなかったがようやく追いついた。
南3局にして初の聴牌だ。
だが既に最終ツモ番での聴牌だった。


危険牌を放り投げた。


明らかに怪訝そうな顔をしながら親が牌山に手を伸ばす。がツモれず。
そのまま叩き切った牌に声がかかった。



「チー」


声の主は南家だった。



「馬鹿っ!!!!」


親からの罵声が飛ぶ。
だが南家は事情がよく分かっていなかったように思う。


海底に沈んでいた自分のツモ牌は西だった。


「ツモ」


初めての発声だった。


震えながら牌を倒す。
でも今回だけはキレイに倒せた。


「8000,16000」


フリー雀荘初和了は国士無双だった。


「だから言ったじゃねーか馬鹿野郎がーーー!」

罵声と共に卓上に札が乱れ飛ぶ。


「えっ、えっ、えっ何これ」


自分が貰えるモノだとは感覚的に分かったが、高1の少年にとって額が余りにも大きすぎた。目の前の光景が完全に場違いのように思えた。




普段の仲間内のセットは点2だった。

1回のセットで動く額は2000円が関の山だった。


「雀荘に行くっていっても幾ら持っていけばいいんだ。。」
「普段動く額は多くても2000円程度だよなぁ」


高1の少年が自問自答して出した答えは1万円だった。
それでも自分にとっては充分すぎるほどの大金だった。


ネットなど微塵も存在しなかった当時、雀荘のレートを知る手段など存在しなかった。
最初のルール説明でもレートの話はでなかったような気がする。


「こんだけ持ってけば大丈夫だろ」

万札を財布に入れ意気揚々と出陣したが、現時点では行きの汽車賃と初回ゲーム代、数多の100円を払い、財布には既に8000円程度しか残っていなかった。
安心して遊べる目安がレートの300倍だと知ったのは大分後のことだ。


「えっ、えっ、えっ何これ」
役満を和了った喜びよりも先に、恐怖心が芽生えた。

幸いその1戦はトップのまま終了した。
ラストの声が響き、精算が始まる。

トップなので自分で計算することはなかったが、卓上に置かれた札の数を目にし、ようやく事態を把握する。


「これ絶対ピンじゃん。。」
「ピンってこんなにお金動くんか。。。」

もう完全に怖くなっていた。今までやってた麻雀とは世界が違った。
その後3戦打ったが、一度も和了点を発声をすることはなかった。


「すみません。もうお金ないんで終わります。」


終了の旨を告げ席を立つ。
役満は和了ったが、ぐうの音もでない完敗だった。
財布には千円札すら残っていなかった。


「兄ちゃん、面白かったか」

マスターが問いかけてきた。


「。。。また来ます」


そうとだけ告げ、店を後にした。


朝早くに家をでて歩き回ったこともあり、心身共にボロボロだった。
一刻も早く家に帰りたかった。
朦朧としたまま駅まで歩き切符を買おうとしたところである事に気づく。


「やべ、汽車賃全然金足りないじゃん。。」

帰りの汽車賃は1000円を超える額だった。


携帯もネットも何もない時代だった。
助けを乞う手段が思いつかない。

公衆電話から親に連絡してすがることも考えたが、雀荘にいくこともこの街に遊びにいくことも告げずに家をでていた。事情が事情だけにとても助けを求められる状況ではなかった。


「とりあえず行けるとこまで行くか。。」


有り金をはたいて切符を買い帰りの汽車に乗る。
最寄り駅までの半分の地点までしか辿り着けなかった。


「。。どこだよここ。。。。」


着いたのは降りたこともなく全く土地勘のない駅だった。

自宅がどっちの方向かなどさっぱり分からなかったが、線路を頼りにひたすら歩いた。
もう疲れたとかそういう感覚もなくなっていた。

今日あった出来事を思い返しながらひたすら線路沿いを歩き、ようやく最寄り駅まで辿り着いた。
夕方前に汽車に乗ったはずが、辺りはもう暗くなっていた。


「。。ただいま」

「どこ行ってたんだ!」


親から詰問されるも言えるはずなどない。


「あ、うんちょっとね」

曖昧な返事をする。


「疲れたから風呂入って寝るわ」


「おい◯◯」


呼び止められた声は聞こえていたが、もう返事をする余裕がなかった。


こうして長かった1日が幕を閉じた。
高1のさきたま少年。完敗のデビュー戦だった。


朝目が醒めても昨日の雀荘のことばかり頭に浮かんでいた。
翌日以降もその日の雀荘のことばかり思い返していた。
今まで体感したことのない刺激的な世界に取り憑かれていた。

あれだけ完敗を喫したものの、すぐにまた行きたいという思いに駆られるようになっていた。


次にあの重い扉を開くまで、さほど時間はかからなかった。


あれからもう30年以上の時が経った。
今でも自分は麻雀を打ち続けている。

「あの時に脳がやられてしまったのかもな」とよく自嘲する。


昭和、平成、令和と時代は移り、今や雀荘に若い女性がいることが当たり前の世の中になった。ノーレート雀荘も増えた。Mリーグも始まった。
麻雀の華やかな面が表にでてきて、本当にイイ時代になったと思う。


ただそれと同時に、当時のこういった雀荘も麻雀の持つ陰の魅力なんだと思う。


いまではもうその土地を離れたため行く機会はないが、老後にでも時間ができたら、いつの日か朝早くに遊びに行ってみたいなと思っている。

当時のさきたまのような少年に出会うことを夢見て。













そのお気持ちだけで充分です。読んで頂きありがとうございました。