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博士のHは変態のH-【前野ウルド浩太郎著:バッタを倒しにアフリカへ】

私の父は、小学生の頃から魚博士になると言い、実際に魚博士になった。
(正確には、海洋微生物、魚病、海洋環境中の遺伝子の動きを研究している)

子供の頃から、夢や目標をしっかりと持ち、それに向かって努力することをよしとされていたし、生物や自然に興味をもつと喜ばれ、研究者になりたいと言えばもっと喜ばれた。
100%本心ではないけど、でも、100%リップサービスでもなかった夢は、大学院に進学する頃には、根拠のない「なんとなくの道筋」になっていた。

リーマンショック直後の2010年度卒の就職活動は厳しく、「なんとなく研究者になるものだと思っていたから、研究職を希望します」という小娘に滑り込める椅子はなかった。
大学に残って研究活動を続けるような意欲も持てず、研究補助員を派遣する会社に拾ってもらい、なんとか社会人生活をスタートさせたが、その頃にはもうすでに、自分は研究者にはなれないんだ、と諦めていたと思う。
それはある意味当たり前で、研究したいテーマがないのに研究者になんてなれる訳はなく、ただ父の期待に応えられない自分を認めたくなくて、世相のせいにしていただけだ。
(今思い返せば、父の期待というのは「夢や目標をしっかりもち、努力して実現させること」であって、決して「研究者になること」ではなかったのに)

三十路を過ぎて、ようやくこのあたりのことの気持ちの整理がついたのだが、本書を読んで「やっぱり研究者っておもしろい生き方だよな」という閉じた扉への未練と、「ここまでの熱意を捧げられるテーマを持っているなんて羨ましい」という羨望というか嫉妬というか、ちょっと悔しさも交じった気持ちになった。

【バッタを倒しにアフリカへ】 前野ウルド浩太郎・著

著者の前野ウルド氏は、1980年生まれのバッタ博士。
私は1985年生まれなので、同年代(理系の研究者の間では、年齢は離れていても研究室の同期、というケースが多々あって、5つくらいの歳の差は誤差という認識なのだ。私だけかな?)。
本書は、農作物を食い荒らすサバクトビバッタの研究のため、アフリカのモーリタニアに渡った際の物語。

アフリカでは、大発生したサバクトビバッタを速やかに殺すことを優先するあまり、バッタの生態や大発生のメカニズムなどの研究が進められておらず、いわば対処療法しかできていない状況なのだそうだ。
バッタの生態やメカニズムがわかれば、大発生がいつどんな場所で起きるか予測したり、大発生を防いだりすることが可能になる。
そうすれば、農作物への被害も抑えられ、世界の食糧問題に大きく貢献する。

…が、前野ウルド氏がバッタ博士を目指した理由は、このような崇高な理念に基づいてのことではない。
「バッタに食べられたい」という夢を叶えるため、だというのだ。
虫を愛し、虫に愛される昆虫学者になり、全身でバッタと愛を語り合いたいのだそうだ。

変態である。

そう、この変態性が大切なのだ、研究者には。
なにがなんでも追いかける、誰がなんと言おうとなんとかする。
そうでなければ、収入も研究費も保証されない身分で研究活動なんかできない。
文化も言葉も違う地で、リーダーシップをとって研究活動なんかできない。
サソリに刺され、キャンプからはぐれて死にかけながらも砂漠を走り回るなんてできない。
バッタが出たら即殺せ、が常識の人たちに自費でワイロとしてヤギを贈り、自分が研究する間、駆除を待ってくれなんて言えない。

ここまで変態であれるなんて、なんて羨ましいことだろう。
くそう、ヒリヒリするなぁ!ずるい!

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