詩「さくらになる」

一日を終えた
背負うほど重いものなどなく
目の奥で過去を何度でも彩る
入浴剤を放り込んだあと
脱衣所で
服を一枚ずつ脱いでいくとき
季節だけは脱ぎ切れなくて
ふと虚しくなる
しゃがみ込めば腹部に当たる太腿が
ほんのりと冷たく気持ちいい

おのおのに、つつがなく
おのおのに、つつがなく
たまらなくなる
浴室は目も眩むような明るさだから
光のドアをくぐって

乳白色のお湯の
やわらかな香りのなか
さくらになる
わたしがわたしだったことなんて
なかったような気もするから
美しいですね、と伝えて
さくらになる
瞼を下ろせばいつでも泣いている
膝を抱えれば心もちいさくなる
数えることも
比較することもできず
命なんてほとんど
みえないもので出来ている



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