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最悪の始まり

そんなわけで、スナックでバイトをすることになった。

数日たったころ、出勤前にコンパニオン会社の社長から連絡があった。
「今から出勤なんで。」と電話を切ろうとした私に
「どこに?」
と、低い声が響いた。

声のトーンから、何かやばいことを言ったんだとわかった。
それでもとっさに嘘が思いつかず、
「こないだ紹介してもらったお店です。」
と答えてしまった。

「それはまずいな。まあ、とりあえず切るよ」
と言われ電話は切れた。

一気に血の気が引いた。
今までの人生でもこれほど血の気が引いた経験はないと思う。

その社長は良い人だったけど、正真正銘に悪い人だったし、
何か悪いことが起こると瞬間的に理解した。
どうやらこの無力で無知な私が何か引き起こしてしまったようだった。

こういう世界の問題にはバックさん(面倒見屋さん)が必要で、
こんな世界で何かしてしまうということは、後ろ盾のない小娘は命の危機を伴う問題だということくらいはわかっていた。
信じられないかもしれないが、これは大げさな話ではなく、
当時の私の田舎では本当の話だ。

震えの止まらない手でハンドルを握り、バイト先のスナックへ向かった。
運転をしながら、どうしたらいいのかフル回転で考えたけど、
どうしたってばれると思った。
これは、ママに言わなければならないと。

お店につくと、まだお客さんはいなかった。

意を決して、ママについさっき起こったことを伝えた。
何か悪いことをしたのはわかっていたが、何が悪かったのかはあまり分かっていなかった。

伝え終わる前からただならぬ気配は感じていたが、しっかり説明する間もなく…

「おまえ、ふざけとんのか!何やったかわかってんやろなあ?店が潰されるかもしれんのや、家族ごと追い込みかけるでっ!!」

なんともすごい形相で怒鳴られたのである。

もう恐ろしすぎて、これほど恐ろしかったことは後にないってほどの恐怖を感じた。

つまり…
当時のあのあたりの夜の商売は、協会があって、一律の給料が決められていて、引き抜きは完全にNG。
引き抜いた方は引き抜かれた方のバックさんにお店を潰されるほど大変なことだったらしい。

今から考えると私は何も悪くないのだが、あの世界ではそういう問題ではないし、私は未成年だったから、そのことも脅された。
家族ごと…苦笑

ママが完全に悪いし、実際にママにそんな力があったのかは定かではないけど、私はパニックで、ただ、ただ、怖かった。
何ということをしてしまったんだと、自分を責めた。

結局コンパニオン会社の社長は、コンパニオンを辞めないことを条件に、
今回の話は無かったことにしてくれたのだけど、
私は恐怖に慄き、お店を辞めることができなくなってしまったのだ。

これが咲の人生で最悪の半年の始まりだった。

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