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誰かではなく自分自身を驚かせる未来のためにたくさん「点」を打つ

将来の夢なんか、いま叶えろ。
堀江貴文


『すべての教育は「洗脳」である』

「旧態依然とした学校教育の中で、日本人は洗脳されている。やりたいことを我慢し、自分にブレーキをかけ、自分の可能性に蓋をすることを推奨する恐ろしい洗脳が、白昼堂々なされているのが今の学校なのだ

アクセルの踏み方ではなくブレーキの外し方
自分のどこにブレーキがかかっていて、それはどうやったら外せるのか。

1、教育

これからは教師がサポート役に徹し、子ども同士が学び合う「共育」の時代。
そのために教師と親がすべきことは子供の「没頭」のスイッチが入りやすい環境を整えること。

学びの本質とはわからなかったことがわかることで生まれる「喜び」
人は知らないことを知っていくプロセスを気持ちよく感じ、知的欲求を継続しながら、成長を重ねていくようにできている。
勉強がつまらないのは、当然。課せられた課題は「出る杭」を「平均」という名の地面に打ち込み、可もなく不可もない「オールB」人材を養成すること
凡庸なジェネラリストの量産が義務教育の目的

禁止を力づくで子供に強制して行動と思考の自由を奪っていく
洗脳教育にとって偏差値至上主義の歪んだシステムが生まれた

偏差値は人間の思考をダメにするウイルス
偏差値という指標がいまだに社会で効力を維持しているせいで、学校の勉強が魅力の薄いものになっている。偏差値がなくならない理由は?子供の一括管理がしやすいからだ。偏差値という単なる記号に子供の評価の手間を預け、本当の意味での多様な成長の機会を奪っているのだ。
つまり「学びは辛く、苦しいもの」という勘違いをする人材を生み出し続ける悪しきシステムになっている。
成功しているビジネスマンはいい意味でバカ。
バカは考えすぎないため、平気でリスクを取り、失敗を恐れない
簡単に言えば、バカな子供でOK。子供は賢くなる必要がない。好きなものに夢中になるだけで問題ないし、それが学校の教科である必要もない。

必要なのは学歴ではなく「学び歴」
学歴よりも大事なのは、やりたいこととやるべきことを自分で見極め、探究の実践を積み重ねた「学び歴」
好きなものに没頭する力

全力で没頭しつくせば、不要になった恋人や友人は去っていき、ちょうどいいタイミングで面白い人と新しく知り合える。
孤独を忘れるぐらい没頭すると、結果的にお互いを高め合える友達ができて、孤独ではなくなる。

「将来のための我慢」が子供を殺す
空気を読まず、自己主張できて、子供たちが没頭力をフルに発揮できる教育環境こそ必要なのだ。
論理が通っているなら従う。でも間違っているものには従わない。
そのような自分自身の思考による決断をもとに行動する意思を養うのが本当の教育ではないだろうか。

ブレーキを自らかけても平気でいる若者が量産されている。
自分で自分の問いを立てて、その問いに自分で答え、自ら責任を負って突き進む心が若者には必要だ。
行動こそが、人の感情を規定する。

「親の考えは子供より古い」
未来に向かっていく子供達に親がしてあげられることは無償の支援だけ。
子供がやりたがる挑戦をなんでもやらせてあげる。
子供にとっての幸せが何かは、子供が自分で決めることだ。
親でもなく教育でもない。
ひたすら子供の自主性を尊重することだ

面白いはずの勉強の魅力を教育現場が取り戻すには、制度やシステムを根本変えなくてはならない。それまでには何年もかかる。制度が変わることを期待せず、まず自分からとびだせ。学校に通うことだけにこだわらず、好きなことで行動しよう!
人生を面白くする気づきに満ちた外の情報が、薄い教科書で遮断されている。学生に必要なのはつまらない勉強をして偏差値を高めることではなく、最新の情報を獲得して実践する意欲だ。

数字評価なんかに心の充足を委ねてはならない。
暗記や計算など、数字で結果の出る能力は間も無くAIに取って代わられる。
若者は数字評価を追うことより、数字化できない実行力と経験のバリエーションを磨こう。

やりたいことを秒で行動に移せる人間が強い。
動き出しが早い人間に成功の機会は集まってくる
スピーディな行動を実現するための知識をインプットしていれば、もはや人生で恐れるものはない。

2、学校


場所や時間、教科にもしばられない体験こそが、子供の最大限の没頭を引き出す。
「学校にいかないやつはばか」という呪いから抜け出せ
同じ年に生まれたというだけで集められた人間と同じ教室に固められ、社会性を養う意味があるのだろうか。
学校教育の大きな弊害は、コミュニティの多様性を損ねること
多様性を肌で感じる体験の方が、若者には大事である。
教科書にこだわるのは「筋」がよくない
理論よりまずは行動と実践を大事にする。
「その学びを選んだ理由を、自身の体験をもとに語ることができる」若者の育成

3、ゼロ高

現在における資本主義の資本とは「ゼロから位置を作り出す人間の創造性と行動力」
子供たちが状況や環境によって夢や可能性を潰されている状況を解決したい
「座学を目的とせず、行動を目的とする」
「こうしたらいい」は絶対に言わない
対話を重ねることでやる気を引き出せる。一旦やりたいことが見つかれば子供は必ず動き出す。やる気を最大限にできる環境を作る
「教育」は最小限にとどめ、自主性を信じる
社会で活躍している人、楽しく働いている人は
「その人自身が共感を呼ぶストーリを持っているどうか」
満員電車に毎朝乗り、死んだような顔をして生きる道以外にも選択肢はある
働くというのは面白くて、知らなかった人たちと出会って、誰かに価値を届けて喜ばれて、笑いながら生きることができる
学生の成長には「イケている大人との出会い」が不可欠
「生きることを面白がっている大人」を見つける
「自分の中にある好きなもの」に気づく
「自分の好きなものがこの世に存在している」という認識がやりたいことを発動するきっかけになる
魅力のある出会いにワクワクする。それに勝る学びの動機はない。
学校教育での減点主義を一切やめ、いいところを見つけて褒める、加点主義にする
「プラマイゼロ」から「プラス」を生み出す
基本になるのはコーチング理論。自己肯定感が高まれば「社会の中で自分はどうありたいか」という問いが始められる。
失敗、赤点は大いに結構。そこから何度でも改善を重ね自己肯定感を高めチャレンジを恐れないタフな人間に育つ。
生徒それぞれが多くの行動を経ていかに人とかかわり、自分の足で立ち、食べていくのか。答えを出せる大人になる。

教育はあくまで手段。目的ではない。
「自分がどう評価されるのか」ではなく「自分は何をしたいのか」

没頭力があれば、夢なんて今すぐ叶う
将来の夢なんか今かなえろ

君の意思で取捨選択して初めて「やりたいこと」のために時間は生まれる
考えの向き先は大体「他人の目」だ
しかし他人というものは基本的に君の心の内面など気にしていないものだ
自分さえ嫌いにならなければ人に嫌われたっていい
大人に変えられてはいけない
変わることを恐れるな。自分は自分でデザインできる。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
人が変えられるのは内面ではなく、行動によって見えてくる「景色」だ
やりたいことを見失っているのは、単純に楽しいこと不足だ
大人を馬鹿にするのも若さの特権だが、本当の若者の特権とは、
若さと大胆さを利用して、大人から情報をうまくいただくこと

貯金なんて死んでもするな
闇雲に貯金額を増やすよりも、その時だけに得られる出会い、興奮や体験を積み重ねることの方がはるかに大事
「過ぎた機会や時間を取り戻すことができない」
成功してきた人はただ夢中で、大胆に行動したから。運とは行動力との掛け合わせで本当の効果を発揮末う

本当に価値を持つのは個人の「信用」
お金ではなく、信用を貯めるべき
信用とはすなわち「期待」

誰かではなく自分自身を驚かせる未来のためにたくさん「点」を打とう


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