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仕事は最大の社会勉強

今からちょうど一年前、山田ズーニー著『新人諸君、黙って半年仕事せよ。』という本を読んだことがあります。

仕事そもそもが嫌で嫌でたまらなく、長く続かないわたし自身にこのタイトルを言い聞かせるために読みました。

先月は仕事に対して弱気になっていました。
それは、単に、「働きたくない」というわけではなく、もっとバリバリ「働きたい」のに、やりがいをもって働きたいのに、自分のやってる仕事って、掃除ばかりで保育はほとんどしない。「自分はこんな雑用係しかできないのか。」と理想と現実のギャップがあることを受け入れられなかったから、だと思います。

8月の終わり頃のある日に、

自分😫
「なんて惨めなんだろう、今のお仕事は雑用だけ…。きっと、わたしは人に指示された通り、マニュアル通りにしか働けないから、仕事がまわってこないんだ。わたしは仕事のできない人だと思われてる…。でも、わたしはもっとやりがいのある仕事(保育)がしたいのに!!」

と、泣きながら仕事から帰ってきました。
そしたら、

姉👩
「まず、自分は『指示された通りにしかできない』と認めてるんだね。偉い。あと、今の雑用という仕事は、指示されたことしかやらなくていいんでしょ?じゃあ咲ちゃんの能力にぴったりってことなんじゃんない?自分に合ったことをしてることが自分にとってもいいし、周りの人にとってもいいはずだよ。

ちなみに、単に会社は、咲ちゃんを雇うことで利益があるから雇ってる。咲ちゃんのために善意で雇ってるわけじゃない。それがお金をもらうということかもね。現実。だから、自分に与えられた仕事をちゃんとやればいいんだよ。

あと、別に『能力がある 』人だけが認められるわけじゃないよ。やる気がある姿勢だったり、自分を隠さない素直なところだったり、そういうところに信頼してもらえて、『この人と一緒に働きたい』と思ってもらえたりもするんだよ。別に何かのスキルが一番大事なわけじゃない。とわたしは思う。咲ちゃんはそういう人にきっとなれるから大丈夫!」

主語を「わたしは」から「職場は」に変え、難しい言葉でいうと、全体の最善の利益のために働くためにはどうしたらいいだろう?そんな風に考えさせられた姉の言葉でした。

一年前に読んだあの本の意味が今になって身をもって学ばせてもらえていると思います。自分を押し殺して働くわけではなく、見方を変えるということだと思います。それができるだけで、グッと働きやすくなるんだな、と思いました!

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