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清酒の香りと味

人を使って「おいしさ」を測ることを「官能評価」という。日本の官能評価のはじまりは,明治40年(1907年)に開かれた第1回清酒品評会とされているから,清酒の官能評価には酒類総合研究所の設立当初からの長い伝統がある。昔は製造技術の問題が大きかったので,官能評価は製造上の欠点を少なくすることを主目的に行われてきた。しかし,今では技術も向上し酵母の改良や製造方法の多様化によって香りや味に様々な特徴を有する吟醸酒や純米酒が生産販売されるようになった。これらの清酒の官能評価は,それぞれの特徴が適切に表れているか評価することが重要である。一方,食生活が多様化している中で,消費者が求めている香り・味や機能性を明らかにし製品として実現することも考えなければならない。
我々は,清酒の香りと味について,官能評価と成分分析を組み合わせた研究をすすめ,① 清酒の評価技術の改良  ② 消費者調査による清酒の香り構造解析 ③ 甘辛区分表示の開発  ④ 清酒の「カビ臭」 や「老香」の解明 (省略)を行ってきた。

1.品質評価用語及び標準見本の開発
個々の清酒の特徴を的確に表現するためには,特徴を網羅的かつ量的に評価する必要がある。また,その際に用いる香味評価用語は,統一されていて当事者間のみでなく外部とも情報交換できる客観的な用語が望まれる。
1979年にビールの香味を表す国際標準の用語体系が次の基本方針(一部省略)に基づいて開発された。
① それぞれ個別に認知されうる香味特性には用語を対応させる。
② 類似した用語はまとめて配置する。
③ ひとつの香味特性には重複して名前をつけない。
④ 良い/悪い,若い(新鮮)/熟成した,調和/不調和 などの用語は排除する。
⑤ 可能な限りの用語の意味は,容易に入手できる標準見本で説明する。
このビールにおける用語体系は理解しやすく,その後,同じ考え方でウイスキーやワインについても国際標準の用語体系が作られた。
我々は,清酒にもこれらに相当する国際的にも通用する用語体系が必要と考え,先に示した基本方針に次の3つの方針を追加し,日本酒造組合中央会,伏見醸友会,灘酒研究会の協力を得て検討を行った。
⑥ これらの香味特性は,現在共通認識が確立している,又は,標準見本を用いることで共通認識可能なものとする。
⑦ シェリー様等,酒の名称で用語を説明しない。
⑧ 英訳可能な用語を中心とするが吟醸香等清酒に固有な用語は残す。
検討の結果,清酒中に個々に確認することのできる香味特性を表す86の用語を16のクラスに分類し,さらにクラスの中を2つに階層化して定義を行った。可能な限りの用語の意味を標準見本(参照標準物質又は標準となる処理等)で説明するため,第1層は一般的な用語又は標準見本のある物質名とし,第2層はより分析的な用語又は標準見本のある物質名とした。また,清酒に添加した匂い物質や味物質の閾値 , を基に43の用語に対して標準見本とその調整方法を定めた。さらに,用語体系の各用語の位置をわかりやすく表すため清酒のフレーバホイール(第1図)を作成した。

フレーバホール

2.消費者調査による清酒の香り構造
清酒の品質評価用語及び標準見本の開発は,過去の検討結果を用語ソースとし,専門家6名(当所2名,伏見醸友会2名,灘酒研究会2名)の合議により行ったものである。多くの専門家に意見を聞いて整理するという方法もあったが,基本方針を明確にしておけば,専門家には予備知識があり用語と香味の関連やその分類において大きく異なることないと考えたためである。
 しかし,予備知識のない人においてはどうだろうか。味の用語については,基本味や口あたりに関する用語はほぼ共通であると考えられる。一方,「アルデヒド」や「老香」という用語で香りを表すのでは専門家以外は理解できない。専門家の用いる品質評価用語体系と消費者が清酒の香味を表現する用語を対応させることができれば,清酒の特徴を説明する際や感想を聞く際など消費者と製造者のコミュニケーションに有用だと思われる。
 そこで公募選定した大学生・主婦等52名(女性37名,男性15名 平均年齢27.4歳)に標準見本や吟醸酒など21種類の試料を提示し,日常生活用語での香りの表現,嗜好性,グループ化に関する試験を実施した。
【試料】
 標準見本(酢酸エチル,酢酸イソアミル,カプロン酸エチル,イソアミルアルコール,フェネチルアルコール,アセトアルデヒド,イソバレルアルデヒド,4-ビニルグアイアコール(4VG),ソトロン,ジメチルトリスルフィド(DMTS),ジアセチル,酢酸,酪酸)添加清酒,吟醸酒(市販品),生酒(市販品),樽酒(当所製),45℃貯蔵清酒(当所製,45℃4週間貯蔵清酒),貴醸酒(当所1976年製),甘酒(麹と白米のみで作られた市販品をろ過),麹(市販品),米粉(上新粉:市販品)
【実験方法】
①試料を口に含まず匂いを嗅ぎ,香りの特徴を普段使用する日常的な用語で表現するように依頼した。
②香りの好き嫌いについて5段階(1嫌い←→5好き)の評価を依頼した。
③最後に21種類の試料について,もう一度匂いを嗅いでグラスの位置を移動させてグループを作成するよう依頼した。
【結果】
 21種類の香りに対する平均グループ化数は,8.0±0.15(最大12,最小4)であった。非類似度による階層型クラスター分析の結果を図2に示した。階層型クラスター分析結果を平均グループ化数の8で切ると,「りんご」,「バナナ」,「アルコール」,「酢」,「醤油・焦げ」,「たくあん」,「米・麹」,「木・草」に類別された。また,消費者パネルによる特性表現は表に示した。

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 我々が開発した品質用語体系の香りの階層と,消費者パネルによる香りの類別は概ね一致した。しかし,品質評価用語体系ではアルコールやエステルは「吟醸香・果実様・芳香・花様」に,アルデヒドと樽酒の木香は「木草様・木の実様・香辛料様」のクラスに分類しているが,消費者パネルによる評価では,イソアミルアルコールはアルデヒド類とともに「アルコール」グループに,フェネチルアルコールは樽酒とともに「木・草」グループに分類された。
また,具体的な回答から,イソバレルアルデヒドなど生活臭として親しみのない香りの表現は難しいが,他はジアセチルをヨーグルト,硫化物様をたくあん漬け等とすれば互いに理解することは可能だと考えられたため,消費者パネルによる清酒の香り構造を図3のとおり整理した。当所で実施している消費者向けの教養講座では,これらの用語を使用して清酒の香りの特徴を説明している。

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また、これらの香りの嗜好性については、図3のとおりであった。矢印の範囲は有意差がないことを示しており、A(吟醸酒)~F(4VG)までは有意差がなかった。

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初出 京都酒研会報  47, 23-30 (2007)

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