日本酒の甘口と辛口

日本酒の辛口とは塩辛いやスパイシーの辛口ではなく、甘くない(ドライ)ということである。日本酒にちょっと詳しい人に聞くと、甘口辛口は日本酒度がプラスなら辛口、マイナスなら甘口ですよと答える人が多い。この日本酒度というのは、ボーメ度と同様に比重を表す指標で、4℃の水と同じ比重の時日本酒度は0でありボーメ度1は日本酒度マイナス10に相当する。日本酒度がプラスだからといって水より辛いとかマイナスだから水より甘いということではなく、日本酒度は、アルコール分が同じであれば糖分を主体とするエキス分(不揮発成分)によって異なるので、甘辛の目安になるという考え方だ。アルコール分が15.5のとき、日本酒度0はエキス分5.22(単位はg/dl)、日本酒度+5ならエキス分4.31でその差は約0.9。しかし、この程度エキス分に差があれば、日本酒度+5の方が必ず辛口に感じるだろうと思ってきき酒するとそうでもないことに出会う。

日本酒度が甘辛の指標として期待できない理由は大きく2つある。まず酸の影響、酸が多ければ甘味と相殺されるのは他の飲食品と同じ。日本酒中の酸の量は、1/10規定の水酸化ナトリウム溶液による滴定値で表される。平成30年度の国税庁全国市販酒類調査によると一般酒の酸度の平均は1.14であり、醸造アルコールを添加していない純米酒は1.44と高い値を示す。日本酒では発酵スターターとして酸度が7程度ある酒母を用いるが、酒母に由来する酸は17%で73%はもろみ中で酵母により生成され、残り10%は蒸米と麹に由来する。酒母に醸造用乳酸を使用した場合も、添加した乳酸によるのは酒母の酸度の3分の1以下であり酵母がつくる方が多い。酵母の活動によるので、精米歩合が高く発酵温度が高いと酸度も高くなり、精米歩合が低く発酵温度が低いと酸度は低くなる。米を磨いて低温発酵させる吟醸酒の酸度は低めである。

次の理由は糖分中に占めるグルコースの量である。もろみを搾った直後の日本酒の糖分にはグルコースの他マルトースやイソマルトトリオースなどが含まれている。そのまま熱処理を行わず貯蔵すると、残存する麹由来の酵素によりオリゴ糖はブドウ糖に分解されると共に糖転移反応によりイソマルトースやα-エチルグルシドが増加する。10℃貯蔵でも50日後にはグルコース、α-エチルグルコシド、イソマルトースが全構成糖の80~95%を占めるようになる。その内50~90%を占めるグルコースが清酒の甘味を左右する。発酵終了後にも酵素作用によって構成糖が変わるというのはワインやビールにはない変化である。つまり、もろみを搾る際にどの程度エキス分を残すかというのは日本酒度を目安にして管理することができるが、同じ日本酒度であってもいつ熱処理をするかによってグルコースの割合が異なるということだ。実際にエキス分4 g/dlの市販酒のグルコースの幅は1~3 g/dlと大きく、グルコースの閾値から考えで2~3倍異なる。近年グルコース分析の重要性が理解されるようになり酒質管理に利用されている。

さて、筆者らが、15点の日本酒を用いたパネルの甘口辛口の官能評価結果に対し、グルコースと酸度による重回帰式を作成し検討したところ、グルコース濃度から酸度を引くという簡単な式で、寄与率0.797と高い値が得られた。我々はこの式の計算結果により、辛口-やや辛口-やや甘口-甘口の4段階で表示することを提案*し一部に導入されている。

* 宇都宮仁他: 清酒の甘辛区分表示について, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan1988/99/12/99_12_882/_article/-char/ja/

一方、甘辛にグルコースや酸以外に影響する部分がある。エステルの甘い香り、アルコール等による刺激、温度である。フルーティな香りを有する吟醸酒は甘く感じられる。一方、ピリピリとした口あたりで刺激的な酒は辛く感じられる。温度は体温に近い方が甘く感じられる。常温では辛口で酸がやや強いと感じられる酒は燗にすることでバランスが良くなる。これについては今晩にでも是非お試しください。

初出 食品化学新聞

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