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【エッセイ】たとえばその時に


4月。
どことなくソワソワして
どことなくしゃんとする、
そんな季節。

新しいお客様との出会いの中でも
古くからのお客様との付き合いの中でも
それぞれが、それぞれに
少しの変化、みたいなのがオーダーされたり。

あっという間に両手では収まらないほど
美容師の歴は重ねていて、
今年の新卒の子とは同じ午年。

ティーンに入る時は
すこし気合いのようなものを
自分の中にいれないとな、と
朝のエナジードリンクも日課になりつつある。

気づきだとか
気遣いだとか
目に見えないものが
重要なこと、
と思えるのも年を重ねた証。


今日は旧知の恩師が再来店。

同じく美容の道を先行く師匠だったが
出産を気に一度道は逸れたという。

先日、とあるきっかけで再会を果たした。


これまでミチシルベを教えてくださった方へ
自分のデザインを提供するというのは
なんだかこそばゆくて
いつもきんちょーする。

「ちゃんと勉強してるんだね、
カットの持ちが全然違ってびっくりしたよ」

ひとまず合格といったところだろうか。

「雑誌、見ていい?」

非接触形式なので
タブレット端末を渡す。

「子育てしてて、美容の道からも外れるとね、
もうぜーんぜん流行とかわからなくて。

家でもこんな時間取れないし。

少しでも置いてかれないようにしないとね。」

これまで先を行っていた先生から
こんな言葉を聞くのは驚きながらも
先に出たのは共感の感情だった。

わかります、
わたしもこの仕事だから
今はなんとか身なりは保っているけど
仕事がない時は
デザイン<<<機能性
だし
純度100%子供にフルコミットした
出立ちになってしまう。

デニムとパーカーとスニーカーで
成り立ちますよね、
なんていって私たちは笑った。

「コスパを考えるとどうしても
プチプラに手を出しちゃうけど、
やっぱり昔のだけど
好きだったブランドのコスメは
モチベーションが高まるね。

ヒールも全然履けてなかったから
今日は久しぶりに履いてみたの。」

そんな話をしているお顔は
あの頃のままで。

シャンプーひとつ、
わたしのことばひとつに
目を細めながら
「美容室ってたのしい」
とはしゃぐ姿はあの頃のままで。

たかが髪を切りにくる
と言ってしまっては
働く身の怠慢かもしれないけど、

今日この時間を得るために
母はどれだけの試練を乗り越えて来たのか
わかるから。


すこしでも、
明日がたのしみになりますように。

昔お客様に言われたことがある。

「母になると美容に対する優先順位って
どんどん下になってしまって。

どんなに忙しくても、
お金がなくても、
その優先順位だけは下げないようにしてる。」


育児モードから
またお洒落モードに移行するのに
バックアップは取れてないし、
アップデートにも時間がかかりすぎることを
わたしたちは知っている。

育児というリング上で
ボロボロになった母たちは
マットに沈むことは許されず
誰からもタオルを投げられることなく
闘い続ける。

ようやくゴングが鳴って
ヘロヘロになりながら
帰るコーナーリングこそが
美容室だったりするのだ。


たとえばその時に。


気づきだとか
気遣いだとか
目に見えないものが
重要なこと、

知っているわたしたちだからこそ
差し出すものはきっと特別で。

そして
また、
いってこい!
とリングに向かう母たちの
背中に張り手をかます。

経験したからこそ
勝者になれる。

ママ美容師の価値
というのはそういうことだ、

師匠にはいつになっても
学ばせていただくことばかりだった。


「贅沢な時間だった〜!
ありがとう!」

こちらこそ、です。

「お迎え行ってくるね!」
と言った時にはすっかり母の顔。

やっぱりヒールが似合うから
ウルフより
ショートボブにしてよかった。

でも実は
乾かしただけでまとまって
伸びても形が崩れないから
また日が空いてもだいじょうぶかな、

と、
育児中のさまざまな

たとえばその時に

を随所に散りばめたスタイルを
見送った。



歴を重ねて得た新たな答えに
どことなくソワソワして
どことなくしゃんとする、
そんな季節。

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