掌編小説 | 深夜0時の宇宙旅行
ぼくの部屋は、電気を消してベッドに寝転がると、満天の星空が見える。
正確には、天井や壁に貼ったシールが光って星空のように見えているんだけど。
丸くて小さな星、土星みたいな形の星、そしてロケットや、足がたくさんある宇宙人もいる。本物の満天の星空はどんなものだったんだろう。
本当は、小学校二年生に上がった去年、家族で旅行に行く約束をしていた。
熊本のリゾートホテルで、星を見ようと話していた。でも春前から流行り始めた未知のウイルスのせいで旅行は中止になった。
そしてお母さんもお父さんも仕事が忙しくなってしまった。あれからもうすぐ一年になる。
だけど、きっといつか行けるはず。そう思って、目を閉じる。
「おお、ワタル、起きたか?」
目が覚めると、僕は車の後部座席にいた。お父さんが運転していて、お母さんは助手席にいる。でも、何か変だった。外が真っ暗だ。
そしていつも車に乗っているときに感じるタイヤの振動がない。
「お父さん、ここどこ?」
「どこって、宇宙じゃないか。このロケットに乗ってさっき地球を出発したんだぞ」
寝ぼけていた頭が一気に覚めて、窓の外を見る。前にも後ろにも、手前にも奥にもいろんな色と形の星が浮かんでいた。
「ワタルの大好きな唐揚げおにぎり、いっぱい作ってきたから。土星についたら食べようね」
お母さんがお弁当箱の包みをぼくに見せてくれた。
「やったあ、唐揚げおにぎり!」
ぼくは叫んでロケットの中を跳ね回った。
と、その時、ガシャンと音がして何かがロケットの中に入ってきた。音の方向を見ると、石のようなものが転がっていた。
「この石、なんだろう」
ぼくが拾い上げると、すみませーん、と外から声がした。
その方向を見ると、紫色の宇宙人が手を振っていた。足が六本くらいあって、きのこの先端みたいな頭。
「ごめんなさい、隕石を投げて流れ星にして遊んでたら、コントロールが狂ってしまって」
申し訳なさそうに足をくねらせる。
「この石、流れ星なの?」
「そうだよ。お詫びにそれあげる。願い事が叶うよ」
「えっ! くれるの? 嬉しい」
握手をして、宇宙人が見えなくなるまで、手を振った。穴の開いたガラスはガムテープでふさいだ。
「もうすぐ着くぞ」
お父さんが言って、前を見ると、きれいな輪っかの土星がすぐ目の前にあった。
ロケットを停めて土星に降りる。
お母さんがレジャーシートを広げ、お弁当を並べる。三人で星を見ながら、おにぎりを食べて、いろんな話をした。
久しぶりの家族旅行はすごく楽しかった。そろそろ土星を飛び立とうというときに、ぼくはポケットに入れていた流れ星の石を取り出し、両手で包んでお願いした。
「また、家族で旅行に行けますように」
その時、お母さんとお父さんが両側から僕を包み込むように抱きしめた。ふたりのにおいがする。お母さんが髪の毛を撫でてくれる。
「また行こうね。絶対に」
「いつも我慢をさせてごめんな」
ふたりの声にどうしてか、胸がギュッとなった。そのまま三人で手をつないでロケットに戻り、地球へと帰る途中で、ぼくはうつらうつらと眠った。
ピピピピ、という目覚まし時計の音で目が覚めた。カーテンの隙間から光が漏れていて、朝だということが分かる。
なんだ、夢か。
ベッドから立ち上がりパジャマを脱ごうとした時、枕元になにか置いてあることに気付いた。
小さな石だ。
夢の中で宇宙人にもらった流れ星によく似ていた。
どうしてここに?
着替えてリビングに入ると、お母さんは朝食の準備をしていて、お父さんは新聞を広げてテーブルに座っていた。
「おはようワタル。いい夢見れたか?」
新聞を畳みながらぼくに尋ねる。
「うん、ちょっと不思議な夢を見たよ」
返事をしながら自分の椅子に座ると、お母さんがキッチンから出てきて、両手で持った大皿をテーブルに置いた。
お皿にはたくさんのおにぎりが乗っている。
手を伸ばし、一口食べて、びっくりした。
中には唐揚げが入っていた。
「どんな夢? お母さんとお父さんに聞かせて」
なぜか興味津々な様子のふたり。
ぼくは「あのね……」と話し始めた。
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