掌編小説|出会いの日
20××年○月◇日。少年は庭に出て、夜空を見上げた。その「出会い」を証明するために。
ある夜、カケルは庭からの衝突音で飛び起きた。
両隣で、両親は音に気付いていない様子で寝息を立てている。カーテンの隙間から見えた庭に、軽自動車くらいの大きさの円盤のようなものが突き刺さっているのが見えて、カケルはそっと外に出た。
円板を引き抜こうとしている小さな体が、月明りに照らされて庭の真ん中に浮かんでいる。背丈は同じくらいだけれど、人間のそれではない肌の色に、宇宙人だ、と思った。
カケルは庭の隅のスコップをふたつ手に取り、宇宙人に駆けよった。
「これで地面を掘ろう。僕も手伝うよ」
ふたりで、突き刺さった円板の周りをざくざくと掘っていく。宇宙人とはいろんな話をした。
「どうして地球に来たの?」
「誕生日に、この宇宙船を買ってもらったんだ。嬉しくて一日中運転してたら、間違ってワープしちゃって、気付いたらここにいたよ」
そうこうしているうちに、三分の一ほど埋まっていた円盤が姿を現し始めた。引っこ抜いて、ドシンと円盤が地面についた時、カケルは宇宙人と手を取り合って喜んだ。宇宙人が泣きながらカケルに抱きつく。
「ありがとう、きみは恩人だよ」
宇宙人は船に乗り込み、エンジンをかけた。ブウンと音を立てて船が浮き始める。
「無事に帰れる? 僕、心配だよ」
「じゃあ、僕の星に着いたらカケルに光を送って合図するよ。それなら安心でしょ?」
わかった、と返事をして、宇宙船が消えるまで、いつまでも手を振っていた。
気が付くと、カケルは布団の上にいた。朝を迎えた庭を窓越しに見ると、昨日掘った穴はなくなっていて、土で汚れていたはずの手もきれいになっていた。
「昨日、お庭で宇宙人に会ったんだよ」
両親に話してみたけれど、「楽しい夢を見たのね」と言われるだけだった。友達に話しても反応は同じ。毎晩空を見上げても、宇宙人からの光の合図はない。
でも、あの日抱き合って、握った手のぬくもりが、どうしてもカケルに夢だということを認めさせなかった。
カケルは図書館に通って、宇宙のことを調べ始めた。知識を深めるうちに、宇宙の遠い星では光が地球に届くまでに何年もかかることを知った。あの子の星は地球からどのくらい離れているのか、聞いておけばよかったと後悔した。
あの日確かに宇宙人に会ったのだと証明するために、カケルは宇宙のことを学び続けた。成長し、大学に進み、そして研究者になった。宇宙についてたくさんの発見をして、世界的な科学者になり、博士と呼ばれて賞も獲った。でもあの日会った宇宙人の手掛かりは何もないまま、年を取っていった。
研究をやめたあと、カケルは毎晩庭のイスに腰掛けて夜空を見上げていた。もう寿命も近いだろう。そう考えながらうたた寝をしたとき、夢を見た。
真っ暗な空間に、あの日会った宇宙人が、あのときの姿で立っていた。久しぶりだね、とカケルのもとへ歩いてくる。
「地球まで光が届くのに、こんなに時間がかかるなんて知らなかったんだ。待たせてごめんね」
そして宇宙人は、ある日にちを告げた。
「この日に地球に光が届くよ」
それは、まだ何年も何年も先だった。カケルがその光を見ることは叶わないということは、彼には言わなかった。
そしてカケルは遺言を残した。
夢で告げられた日にちを全世界に公開し、宇宙人の存在を、そしてカケルが宇宙人に会ったという事実を証明してくれと伝えた。
彼の言う通りなら、宇宙人の存在を証明する歴史的な日になる。
当日、世界中の人々が夜空を見上げた。どこかで夜が明けても、どこかではまた夜が始まる。光を見逃さないよう、全世界がかたずを飲んで見守った。
そしてある場所で、ある少年もまた夜空を見上げていた。
風邪を引くから家に入りなさい、と両親に言われても、構わなかった。宇宙人の存在をこの目で確かめたかった。
目を凝らして見る、一面の星空はとてもきれいだった。そして少年は思った。
もし今日、世界がその光を見ることが出来なかったら。宇宙人はやっぱりいないんだと言われたら。
その時には、僕が宇宙人の存在を証明しよう。偉大な博士のように、この大きな宇宙のことを知ろう。
少年はその日、宇宙に出会った。そして一晩中、庭で膝を抱き、その光を待ち続けた。
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