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小さな台所が恋しい

 食洗機がガタゴトと食器を洗っている。年末にキッチンから水漏れするというハプニングがあって年明けに点検してもらったが、ホースの耐久年数を超えているとのことで食洗機に特に異常はなかった。該当箇所を交換してもらい、キッチンの床が水で濡れることはなくなった。
 私の家のキッチンは広い。壁側に三口のガスコンロ、ビルトインオーブン。通路を挟んで反対側にアイランドのシンク。家を建てる際に母がこだわりぬいて作った。レモンイエローのパネルが空間を明るくみせてくれる。
 このキッチンが本領を発揮するのはお盆や正月といった大人数が集まって宴会をするときで、私は調理、姉は食器洗いなど担当が別れ、同時に三人動いても余裕である。親子で一緒にキッチンに立つのが夢だったのと母は話している。
 いっぽう凝り性の父は自分の独壇場にしたいらしく、近寄る隙を与えてくれない。冷蔵庫に飲み物取りに行こうとしても邪魔と怒る。
 私は使い勝手のいいキッチンにしみじみ感動しながら、去年まで暮らしていたワンルームの小さな台所を恋しく思う。
 一人暮らし用の賃貸物件というのはあまり料理しない人間が設計したんじゃないかというくらい使いづらい。正直会社の給湯室のほうがマシなんじゃなんかと思うくらいだ。これじゃ自炊の習慣なんかつかないわ、と思うのだが私は趣味が料理なので物件探しのとき自炊しやすいかどうかを考えて選んだ。
 システムキッチンの部屋はとてもではないが家賃が高くて手は出せない。こだわるのは、シンクが広めでガスコンロなこと。電熱ヒーターではまともに料理できないし、シンク下に備え付けで付いている何を入れるかわからないミニ冷蔵庫も不要だ。
 さいわい安くで借りた部屋は、ガスでシンクもそれなりに広く作業スペースもあった。コンロは付属してなかったのでひと口コンロを買い、水切りラックをシンクに渡して、使うときだけそのうえにまな板を載せて使用した。
 吉本ばななの『キッチン』で、私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。とあるがとてもよくわかる。私の場合は思いついたときにまとめて掃除するタイプで念入りに手を入れていたわけではないけれど、台所で過ごす時間がとても好きだ。料理を作るときの水の冷たさ、火加減に湯気、油のシャーッという音、立ち上る香り。五感を刺激して緊張感を伴うと同時に安心もする。
 とても心地よい場所だった。特に眠れない日の真夜中、揚げ物をしたり作り置きをしたり。自分で買い揃えた調味料やフライパン、食材を使って、誰にも邪魔されない場所で好きなことをする。あれは私の特別な時間だった。
 今でも母が夜勤の日などにこっそり夜食を作ったりするが、翌朝家族にまた起きてたやろと叱られてしまう。
 いつかまた一人暮らしをすることがあったら私はどんな台所と暮らすのだろう。IHになるのだろうか、使ってみると食洗機の便利さも捨てがたい。今までの一人暮らしではオーブントースターを置かなかったから一度は置いてみたい。土鍋で炊くごはんが美味しいからやはりガス火がいいかな。
 そろそろ食洗機が終わる。給湯器を切り替えてお風呂に入ろう。
 今は日々、実家の大きなキッチンで家族と食卓を囲み、たくさん話をしてすごすのだ。

#エッセイ #雑文 #散文

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