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いつのまにか夜

 ハロー真夜中。今日も私は眠いです。月曜日から金曜日まで絶賛勤労日和です。週末は充電、摩耗するまで睡眠、起きたら大抵日が暮れている。
 そんな私の毎日の楽しみはお菓子を食べること。チョコレートもプリンもいいけど、心待ちにしているのは季節に合ったお菓子を食べることだ。
 こどもの日の柏餅、真夏の白くまアイスにガリガリ君ソーダ味。秋は焼き芋、冬はたい焼き、ハーゲンダッツの限定味。食べようと思えばいつでもどこでも食べられる、だけど元日にお雑煮を食べるみたいにその季節、その瞬間に食べるのがいちばん美味しいと思う。

 そんなわけで春。私は近くの和菓子屋で桜餅をふたつ買ってきた。
 勿論きみと一緒に食べようと思って。仕事帰りの桜餅、最高じゃない?   
 ついでに夜桜見物もしていこうよ、もう咲いてるから。LINEをぱぱっと送り、公園前で待ち合わせ。まだ夜風がしんみりと冷たい。でも体を刺すような寒さじゃないから、これが春の夜の温度なんだなと思う。

 しばらくしてもきみが来る気配はなくておかしいなあと思ってたら、真っ赤な顔をしてやってきた。駅前の立ち飲み屋で一杯引っかけてきたらしい。

「ごめんごめん、スマホさっき気付いて急いで出て来た」嬉しそうに詫びる姿に怒る気持ちも消え失せる。
「桜まだそんな咲いてないね、来週辺りかな。でも週末雨が降るって天気予報で言ってたから散っちゃわないといいね」
 ふたりで桜並木を歩く。今にも電気の消えそうな街灯がうっすらと桜を照らす。ベンチを見つけて座った。
「これね、桜餅。おはぎみたいでしょ、道明寺っていうの。私が住んでた関西はこれだったから、久しぶりに見つけて嬉しくて買っちゃった。桜の葉っぱもね、私は食べちゃう派。きみは食べる?」
「いや、食べない。いつも剥がしてた。なんか桜の葉の塩漬けって毒あるんでしょ? それ聞いてから食べてない」
「そうなの? 美味しいのに。それに桜餅の葉で死んだひとなんて聞いたことないよ」
「まあ、好き好きだけどね。でもこの関西風の桜餅、すごい薄く透き通っててさ、葉っぱ剥がすと見て。お月様みたいじゃない?」
 きみはそういうと桜餅を空にかざした。桜の枝越しに月が出ていて今日は満月だった。月の光を通して見る桜餅は確かに今にも発光しそうだ。
 桜餅に乾杯、互いに目配せして桜餅にかじりつく。甘くてしょっぱい桜の風味が辺り一面に広がる。季節が何度巡ろうとも桜は咲くし、毎日朝が来ていつのまにか夜になるのも変わらない。けれど、私はきみと桜餅を食べた今日の日のことを忘れないだろうなと何となく思った。

「私、人生の最後に食べたいもの桜餅かもしれない」
「え、何急にいきなり」
「それくらい好きかもしれないってこと。覚えておいてね、これは重要なことだから」
 そして桜餅を月に見立てるきみと過ごす時間が何より大切だ。ひとりで食べてもお菓子は美味しい。でも誰かと食べるともっと美味しい。
「当たり前すぎて気が付かなかったわ」
「え、さっきからどうしたの?」
「桜餅美味しいねってそういう話」
「え、あ、うん、そうだね」
「さ、帰ろっか。明日も忙しい、頑張るぞー」

 まだ五分咲きの桜、出来れば満開の頃にもう一度ふたりで来たい。そのときも桜餅を買って一緒に食べながら来年の約束をしたい。そんなことを思いながら家路に着いた。月が高く高く昇っていた。


#小説 #創作

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