その焦げ目が美味しい
僕は自分の母親がとても料理が上手かったから、女の人は誰でも料理が出来るんだと思ってた。だから今の彼女と一緒に暮らして初めてそうじゃない人もいるんだと知る。
「しまった、焼きすぎちゃった」
それが彼女の口癖だった。彼女は単調な料理しかできない。目玉焼きが真っ黒焦げで出てくる。ハンバーグは固くて箸が通らない。アジの干物はまるで消し炭のようだった。
「どうしたらそんなふうになるの」
僕は本当に不思議だった。いつだって僕の母親は手際よく、魔法のように美味しい料理を提供してくれた。あれはそんなにも難しいことだったのか。
「そんなこというんだったら、和真くんも作ってみればいいんじゃない。私ばかりが作らなきゃいけない理由はないでしょ」
言われてみればそのとおりだ。僕もいつも誰かに作ってもらうだけで自ら作ったことはない。
「何をすればいいかな、何が食べたい?」
「なんでもいいよ。和真くんの好きなもの」
「そんなざっくりしたのじゃなくて、初心者向けのメニューとか教えてよ」
「そしたらやっぱりカレーじゃないかな」
次の日曜日、材料を買い揃えてカレーを作った。まずは野菜の皮を剥き、適当な大きさに切る。
「和真くん、包丁じゃなくてピーラーでやった方が安全だよ。見てて怖いよ」
「ひとくち大ってどれくらいの大きさ? これくらい?」
「それくらいでいいと思うよ。えーと次は鍋に油を引いて、鶏肉と野菜を炒める」
「ちょっと待って、底に焦げ付くんだけど。わ、わわ。いいの? これで?」
「水入れて焦げもこそげ取っちゃえばいいよ。どうせルウ入れちゃうんだし」
悪戦苦闘してカレーが出来上がった。初めて自分で作る料理はやっぱり焦げ臭かったけど、手間ひまかけたぶん特別な味がした。
「うん、和真くん。美味しいよ。作ってくれてありがとう」
「ねえ、ルウの箱の裏に、中火に落としてとか、火を切ってからルウを入れるって書いてあるけど火加減何もしてない」
「え、あたしいつもそうだよ。だって強火の方が強いんでしょ。早く出来上がるじゃん」
「でも、だから焦げたりするんじゃない? 俺の母さんもっと細かく調整してたと思う」
「そうなの? そっか、火加減かあ。盲点だった。じゃあ火加減マスターしたらもっと美味しくなるね」
彼女の無邪気さに僕は笑う。
「これね、カレーと一緒に食べようと思って作ったんだけど」
取り出したのは、黒く焦げたタコさんウインナーだった。
「焼きすぎちゃった」
いつものセリフにいとおしさを覚えながらひとくち口にする。君の作るその苦さが美味しい。
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