【ショートショート】あの世界線での完全犯罪
これはとてつもないトリックだぞ。
閃いた瞬間に汗をかいた。すぐさま準備に取り掛かり、ひととおり仕込みを終える頃には数時間が経過していたが、不思議と疲れは感じない。ハイになるとは、きっとこのことなのだろう。
新大久保の駅から10分ほど歩いた鉄筋コンクリートのマンションに、"奴"は住んでいた。
呼び鈴を鳴らすと無防備にドアの隙間から顔を出したので、用意していたロープを首に巻き付け、そのまま両端へ引っ張る。"奴"は一瞬だけ呻き声をあげて、しばらくして崩れ落ちた。もっと抵抗されるかと思っていたが、案外、人間とはあっけないもののようだ。
計画は、気味が悪いほどに順調に進んだ。窓はすべて内から鍵をかけ、リビングにこと切れた"奴"を運ぶ。いくつか準備していた偽装工作を施すと、最後はひとつしかない出入口から外に出て、氷を使った仕掛けで鍵をかければ完全なる密室の出来上がり。
これにより、犯行が可能だったのは、合鍵を持っている"奴"の弟だけだということになる。この兄弟は、相続がらみでトラブルを抱えていたようで、罪をなすりつける相手としては十分すぎた。
部屋を出るときに通行人に見られたら、仕掛けが上手く作動しなかったら、"奴"が反撃してきたら…
様々なパターンをシミュレーションしていたが、幸いどれも使う機会に恵まれなかった。実践で答え合わせをすることがなくなってほっとした反面、少し寂しさも感じてしまう。
そんな矛盾した感情を匿いながら犯行現場を後にし、少し離れたところで一服する。気が緩んだのか、眠気も襲ってきた。ここが寝室であれば、何も考えずにベッドに倒れ込むところであるが、残念ながらアスファルトに体を打ち付けることで代替はできなさそうだ。
いずれにしても、"奴"はもういない。遂に復讐を遂げたのだと大声で宣言したい気持ちを、必死でこらえる。
そのときだった。
大きな音がして、目の前のビルが崩れ去った。
さきほど完成したばかりの、密室とともに。
視線を上げた先には、巨大化したヒーロー。どうやら、奇抜なフォルムをした怪獣を投げ飛ばしたらしい。怪獣もいくつか反撃を試みるが、ヒーローが必殺の光線技を繰り出してゲームセット。怪獣は白く光りながら、塵となって消えていった。
俺は瓦礫の下敷きになった絞殺体について思考する。まずは家に帰ってベッドに寝よう。それから、自首するしかないか。
ここは、巨大怪獣が頻出する世界線。
凶器をハンマーにでもしておけば、建物崩落に巻き込まれた事故として処理されただろうに。罪をなすりつける相手、弟ではなくてヒーローにすべきだったな、と苦笑いして、再び煙草に火をつけた。
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