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詩展「さっきまでが向こうから歩いてくる」を巡って 鼎談 前編


登壇者 
川㟢雄司、かわさきゆうじ、カワサキユウジ

  会期中某日、薄曇り、回廊数十分後、East
  Factory Art Gallery 入口に架けられた構
  造物を見つめながらかわさきゆうじとカワ
  サキユウジが歩いてくる。二人を認めて会
  場内から迎えに立つ川㟢雄司が構造物の脇
  で声をかける。

 川㟢雄司(以下川)どうも

  川㟢雄司に視線を移し二人はまばらに応じ
  る。

 かわさきゆうじ(以下か)こんにちは

 カワサキユウジ(以下カ)どうもこんにちは

 川 迷いませんでしたか

 か 迷いましたよ

 カ すっかり住宅街ですからね。本当にこん
   なところにあるのかと心配でした

 か で、だんだんコレが見えてきて、あ、絶
   対ここだ、あったあったと思いながら来
   たんだけど

  二人、構造物の足元へ佇んで見つめる

 か これは何ですか?

 川 橋です

 カ 橋?

 か 渡れるんですか?

 川 渡れます

 カ 大丈夫なの?

 川 渡ってみますか?

 カ うーん…

  カワサキは構造に興味があるといった風に
  橋の横腹を眺めながら、脇に細く残された
  スロープをのぼってくる。のぼると橋に向
  けていた視線をそのままかわさきに向け
  る。かわさきは橋を踏んでぎいぎいといわ
  している。

 か これは……

 川 ゆっくり慎重にいく方が揺れますよ

  川㟢はそういってちょうど入口をまたぐ位
  置で橋の上へ乗ってみせる。

 川 私は慣れてしまいましたがね。渡ってみ
   てもみなくても、どちらでも

 か ふーん

  かわさきもスロープをあがってくる。

 カ えー、じゃあ僕は渡ろう

  上がってくるかわさきを避けるようにカワ
  サキが橋に乗る。

 カ おお……、うわ……。え、いったん下り
   るか

 川 下りは最後が急だから気を付けて

 カ おお、本当だ、これは……、こわい
   な……、よっ

  小走りになってカワサキは最後に飛び降り
  る。

 カ うははは、いやあ。ええ……、すごいな

 か 大丈夫?

 カ うん。意外とね

  今度は上り始める。

 カ あ、上る方がずいぶん楽だね、これは

  一歩ずつ確かめるように上る。

 カ おお…、おお……。おお……

  橋の上で屋内に入り先へ進むと、カワサキ
  はまたも小走りになり、最後に飛び降り
  る。

 カ おおっ。ええ? なんだこれ

 か すごいすごい

 川 いらっしゃいまし

 カ はあ、なんだか全く別の場所に急に放り
   出されたって感じだな

 か そうですか?

 カ ああ、スロープだとそうでもないのかも
   ねえ

 川 どうですかねえ

 か 何で橋作ったの? つくったの? これ   
   は

 川 必要だったからですよ。ここに橋を架け
   たいと言ったら義明が設計してくれまし
   た。ああ、このギャラリーの人ね、この
   奥で普段制作もしてるんだけど、彼が必
   要本数とか割り出して組んでくれた。あ
   りがたい限りです

 カ この形は?組み方というか、その方が一
   から設計したんですか?

 川 いや、造りとしては昔からあって、有名
   らしいですよ。授業で割り箸を使って作
   らされた、なんていう建設関係の人もい
   ましたね

 カ へえ

 か で、なんで必要と思ったんですか?

 川 何でですかねえ……、ここで展示するぞ
   と思って見にきたときに、ここにこの橋
   が要るなと思ったんですよね……

 カ 橋ってのはしかし、象徴的な存在です
   ね。こっちからあっちへ、あっちからこ
   っちへと繋ぐものですし

 か ここ入っていいの?

 川 どうぞ

  かわさきは橋の右手にあるギャラリースペ
  ースをのぞき込んで入っていく。話を続け
  たそうなカワサキも続いて入っていく。

 か なんか湿った感じがするなあ

 カ うん、たしかに、霧がかかったような白
   さの部屋だ。ずいぶんひっそりとしてい
   るね。

  ギャラリーの右壁下方にある窓からは薄曇
  になだめられた淡い陽光が漂うように入っ
  てくる。かわさきは窓の近くに設置された
  立体を眺めている。カワサキも寄ってい
  く。

 か これはずいぶんカッコイイねえ

 カ ほお…どれ、たしかに、この…なんだろ
   う……、この表面はいやにつるっとして
   るね、石っぽいようでやわらかそう
   な……

 か なんか上の方なんか手みたいだなあ

  かわさきは立体の横に立ち自分の手を縦に
  して、聳える手越しに立体上部を見つめ
  る。
  カワサキはぐるりと立体裏へ回っていく。
  橋の脇から見ていた川㟢もギャラリーへ入
  っていく。

 カ へえ、これ縄で引いてあるだけか
   (入ってきた川㟢に気がついて見やりな
    がら)これ自分で結んだんですか?

 川 そうですね、ずいぶん適当にとっかかり
   ましたが、どうにか綺麗にいきました

 か この絵きれいだなあ

  かわさきは立体の背後の壁面上方に掛けら
  れた絵を仰ぎ見ている。誰も応答しない。

 カ いやあ、適当なの?誰に習ったのかと思
   いましたよ。ボーイスカウトに入れます 
   ね

 川 ははは、昔のバイトの杵柄かもしれませ
   ん。ボーイスカウトですか。どうですか
   ね

  カワサキはギャラリー入口の壁面上方にか  
  ためてかけられた絵に気がつく。

 カ あ、何、こっちにも絵があるんだ、こん
   な

  川㟢は微笑んでいる。カワサキは見上げな
  がら近づいていく。

 か この絵きれいだなあ……、色がいいね

  かわさきは先ほどと同じ絵をあおいでい
  る。やはり誰も応答しない。

 カ ずいぶん暗いね。陰になってよく見えな
   いよ。あの右上のなんかもうちょっとよ
   く見たいんだけど……

   (見上げながらうろうろとする)

   どこへ立っても、手前の梁が邪魔じゃな
   いか

 川 そうですか、残念ですね

 カ なんだかよく見えないよ

  高い天井に陰る壁面は晴れ間の雲の腹の底
  を思わせる。かわさきは天井を仰ぐような
  仕草で向きなおり二人へ寄っていく。

  入口に向かって右側の腹よりやや高いくら
  いの位置へ置かれた瓶をかわさきは食いい
  って覗く。

 か なにこれ、本物? あれ、なんだっけ、    
   コガネムシ?

 川 ああ、それはクワガタです

 か クワガタ? 本物?

 川 そうですね、ずっと死んでるんですよ

 か こんな色のクワガタがいるの?

 川 ニジイロクワガタといいます

 か どこにいるもんなの、こんなの初めて見
   るよ

 川 南米だったかなあ、南の方に棲んでいる
   ようですね

 か へえ

 カ どれ、おお、なんだこれ凄い

 か どこで手に入れたの? 売ってるの?

 川 昔お祭りでね、じゃんけん大会で勝っ
   て、貰ったんですよ。それで三等とか四
   等でした

 か はあ? 何? なんの祭り?

 カ じゃんけん?

 川 そう、じゃんけん。なんだったかな、七
   年に一度とかの大きい祭りでね。友人の
   地元の神社でやってたんだけど、少なく
   とも江戸時代から続く舞があるっていう
   んでね、友人が取材に行くって言ってて
   ね、取材ったって写真撮るだけなんだけ
   ど

 カ 舞?

 川 そう、ひょっとことかおかめとか、彼の
   オヤジさんが狐の舞をやるとか言ってた
   かな、笛だったかな

 か 伝統なんだ、その友達もなにかやるの?

 川 いや、何もやらないね、青年会に顔出し
   もしません。しかし、まあそういう地域
   の風習とでも言いますか、ベッドタウン
   周辺にしてはまだ色濃く残るエリアです
   ね、まあ要すれば田舎です

 カ で、舞の他にも何かあるんですか

 川 ああ、それでね、タマ送りといったか
   な、ありましたよ。タマは魂と書くのか
   霊と書くのか知りませんが、まあおよそ
   祖先の霊でしょうから、「霊」と書くん
   でしょうけね、そのときは「魂」だと思
   ったなそういえば。神社の装いでもって
   何人か出てきね、社の前へ並んで立つ、
   少し離れて、あれは神輿だったかなあ、
   もううろ覚えで仕方がないですが、ひと
   りが魂を神輿から出して社ま送っていく
   んですよ

 か へえ…

 カ そりゃあ大したお祭りですね

 川 そうそう、初めて見ましたああいうの
   は。で、どうやってやるのかっていうと
   ですね、まず撮影の禁止を言い渡される
   んです。その上最中には眼もつむれと

 か なんで? 写真は何となくわかるけど

 カ 見てはいけないんですか、神だから。目
   交わうなと

 川 そうですね、およそそんなところです。
   神聖なものもなにも神そのものみたいな
   もんでしょうね、そのときに思ったの
   は、なにせ魂とまで言うんですから、魂
   魄のコンです、剥き出しの神ですよ

 カ 魄はともすると送り先の社ということに
   でもなるんでしょうか、面白いですね。
   社へ送った後は見ても良いと、見ること
   が許される、可能になる状態へ七年に一
   度送るんですね

 か その七年間でどうなっちゃうんだろう
   ね、なんだって毎度送らなきゃならない
   の、あとコンパクってなに?

 川 コンが精神、パクが肉体といえば、分か
   りやすいでしょうか、あまりよい説明で
   もありませんが、パクはなにか器といっ
   た感じがしますね

 カ 僕も詳しくないので、難ですけど、単に
   精神と肉体という関係として説明するの
   には抵抗がありますね

 川 そうですね、浅学を恨みつつ……、社に
   送られた魂は七年のあいだに参拝者へ分
   かれていくのかもしれませんね、およそ
   七年はそれをやるだけのエネルギーとし
   て保つとか

 か 七年経つと枯渇するのか

 川 さあ、どうでしょう、七という年数だっ
   てどう決められたものなのか知りません
   が、まあリフレッシュしたくなる年数な
   んでしょう

 カ 我々は奇数好きですからね、日本に限ら
   ずとも暦を見ればわかるけども、七とい
   うのはひとつの普遍的な周期ですよ、一
   週間が七日なのは別に気まぐれではない
   んで、何でだったかは忘れましたが、天
   体がどうとか、概日リズムだったかな

 川 そんなようなのでしょうね

 か 四十九日なんてのも、言われてみれば七
   日間が七回だね

 川 そうですね、喪の感情から脱け出すとい
   うにしろ、おさまりがつくというにし
   ろ、必要な周期なのかもしれません

 か あれ、で、クワガタがどうしたんだっけ

 カ ああそうだった、じゃんけんなんかその
   流れで出てきますか?

 川 出てきますよ。ただもう一つ思い出しつ
   いでに言っておくと、その霊送りってい
   うのは集まった人々としては見ることが
   出来ないわけなんですが、聞くことはで
   きるんです。神主がね、送っているあい
   だ声を出すんですよ、ずっと

 か 声?

 カ なんて言うんですか

 川 あー、です

 か あ?

 カ へえ

 川 あー、といって歩くわけです。神主の声
   というのはすごいですよ、肚の底から出
   てきます、しかも揺れがほとんどない。
   甲子園の試合開始のサイレンだってあ
   ー、ですけどね、もっと太くって、地の
   底から生えるような声です。最初は細
   く、育つように太くなって吸われていく
   ように消えます。それが、目をつむって
   軽く下げている頭の中を左から右へ動い
   ていくんですよ。歩いているだろうとい
   う速さなんだけど、とにかく揺れない、
   一定の声です。一定というとまた違いま
   すね、滝のような筋の通った声です、あ
   れは本当に不思議な音響ですね  

   (ひとつ呼吸する)

   消え入ったあとに目をあけると木々の緑
   が白みがかって見えて随分鮮やかに感じ
   たのを覚えています、それから風が吹い
   たような気がしました

 か さわやかだね

 川 そのタイミングで実際に吹いたわけでは
   ないんですが、そのタイミングで、何か
   が自分をあるいはその場を吹き抜けてい
   ったな、っていう感じが湧いて来たんで
   す。その霊送り自体が風が吹くようだっ
   たというか

 カ それはとても印象的な感想ですね、風は
   息のメタファーとしてよく知られてるん
   ですよ、この場合だと特に神の息吹とで
   も言いたくなりますね、息が神なんでし
   ょうけど

 か ふーん、で、じゃんけんは? ねえ、じ
   ゃんけんは?

 川 その儀式の後で舞がありましてね、その
   あとで色んな余興があるわけです。その
   地域出身の演歌歌手だとか芸人だとかが
   出てくるんですよ、で夜も更けていく中
   で最後がビンゴ大会です

 カ 安定のビンゴ大会

 か 七年に一度のビンゴ大会

 川 けっこう賞品がいいので、みんなそれに
   参加するために最後まで残ってるんで
   す、餅も投げてたかな

 か え、じゃんけんは? ビンゴってじゃん
   けんいる?

 川 そのビンゴ大会の直前にあったんです
   よ、じゃんけん大会

 カ なんで……?

 川 近所に昆虫のブリーダーが住んでいるら
   しくって、差し入れでカブトムシとかク
   ワガタが提供されたんです

 か 差し入れっていうとなんか

 カ そんな人いるんですね

 川 なかなかすごかったですよ、ヘラクレス
   オオカブトとかオオクワガタとかひたす
   ら強そうなやつとか珍しいやつ、キレイ
   なやつがたくさんいるんです。一匹ずつ
   飼育ケースに入ってて、十前後ありまし
   たかね、数が多いっていうんでビンゴと
   は別個にじゃんけん大会が突発的に始ま
   ったんです

 カ はあ、なるほど、毎年行われているわけ
   ではないんですね

 川 少なくともスケジュールにはありません
   でした

 か 友達もじゃんけんしたの?

 川 いや、彼はね舞の写真だけ撮って帰りま
   したよ

 か 帰っちゃたんだ

 川 そう、だから暇でね、ビンゴ大会は興味
   ないしどうしようかと思ってたところへ
   催されたんでせっかくだから参加したん
   です、チビッ子に混じって

 カ デカいのがひとりで

 川 お母さんも二、三人いましたよ。早い者
   勝ちで、最初にごついのから持っていか
   れるわけです、私は中ほどで勝ちまし
   て、小ぶりなのがいくつか残ってる中
   で、こんな玉虫みたいなのがいるのかと
   思ってもらって帰ったわけです

 か それがこのクワガタなの?

 川 その通りです

 カ それはいつ頃の話なんですか

 川 六年くらい前でしたかね

 カ わりと最近だ

 川 そうですね

 か え、じゃあまた来年あるんだそのお祭り

 川 ああ、いわれてみれば、七年ごとですか
   らね、そうかもしれません

 か どのくらい生きたのこのクワガタは

 川 四年ですね

 か へえ……、長いのか短いのかわからんな

 カ 平均寿命とかあるんですか

 川 調べたとことでは二年ほどだそうです

 か じゃあ長生きだ

 川 そうなりますかね

 カ 死んでから防腐剤とか入れたんですか

 川 いや、そのままですね、特に何もしてま
   せん

 か それでこんなきれいに残るのか

 カ この周りの茶色いのは?

 川 ああ、ヒヤシンスの花びらですね、ちょ
   っと前まできれいな紫でしたが

 か ちょっと前って?

 川 うーん……、二、三年前ですかね

 か あ、そう

 カ ヒヤシンスなんですか、こんなふうにな
   るんですね

 か 花はこんなに変色してるのに、やっぱり
   凄いねクワガタはずっとこの色なんだ

 カ 玉虫厨子なんかで使いたくなるわけです
   ね、これはクワガタですけど

 川 ああ、そうですね

つづく



「生きろ。そなたは美しい」