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「すみだ川ラジオ倶楽部」ライナーノーツ

先月から公開しているuni「すみだ川ラジオ倶楽部 川を流れる七不思議編」お楽しみいただいているでしょうか? 私は作家として7つの作品の執筆を担当しています。

このページでは、テキスト担当という立場から、それぞれの作品を紹介します。
もう聞いていただいた方も、まだ作品に触れていない方も、CDのライナーノーツみたいな感じでお楽しみ頂けたら幸いです。


1「歩む人の放送局」

江戸〜明治時代に今泉みねという女性がいました。
「江戸時代末期の蘭学医一家の生まれ」という非常に独特な社会的立場にいた方で、将軍家とも関わりがあれば、明治に大活躍する知識人たちからも可愛がられ……というまるで幕末テーマの乙女ゲームのようなシチュエーションにいた女性です。(その体験をしたのはとても幼い頃ですが)
そんな彼女が明治維新前後に見た風景を口述した『名ごりの夢』という作品があり、個人の自伝としてももちろん面白いのですが、すみだ川を中心とした人物や風景の思い出のディテールが本当に美しく、この本の微細な記憶の表現から、たくさん古いすみだ川の匂いを感じました。
彼女の文体をモデルに、一部文章を引用して架空の登場人物を形作りました。

最初のうち我々と同じ時間のスケールを生きているように見えるけど、語りを聞いているうちに徐々に、彼女が生きている時間、川を見つめている時間が無限に拡張していくような、そんな変な時間感覚を狙って書いています。

作品を視聴するのに正しい順番はありませんが、一応ファーストトラックということで、今わたしたちの前に見えている隅田川以外の在り方が、実は見えないだけで存在しているかもしれないよということを、表現できればと思い作りました。

2「夢見る人の放送局1」

夢の中で、過去のある隅田川の姿(と個人の夢が融合したような謎の世界)に迷い込む男の連作シリーズの一つめです。

リサーチで伺った「土を掘り返したら見知らぬ地蔵が出土して、その地蔵がさまざまな不思議を起こした」という話を出発点に作った作品です。
地面から全く予想だにしない謎のものが出現する、訳のわからないアバンギャルドな感じが面白くて、作品にするにあたって、広場の勝海舟像が時空を超えて昔の川岸に出現したらびっくりするなぁと考えて作りました。

すみだ川は古くから洪水が頻発する川で、江戸時代以前ははじめから氾濫する前提で町が造られていたのですが、明治以降近代化が進み町自体も増え、甚大な被害を受ける人が増えていったそうです。
もっと時代が進むと治水技術が発達して洪水自体が縁遠いものになっていきますが、その間の人々が一番、洪水に苦しめられたのではないだろうかと想像して書いた作品でもあります。

3「老戦士たちの放送局」

本所といえば本所七不思議、七不思議といえば本所七不思議というくらいコンビな二つですが、不思議の犯人として度々言及されるタヌキ、そして隅田川に住んでいたという伝承のある河童の二つを主人公にした作品です。
本所は江戸時代になって人間が開拓した都市の最も身近なフロンティアで、元々あった環境と人間が新たな出会いをする場だったからこそ、奇妙だったり怖かったりする体験・想像を広げる機会が豊富だったのだと思います。
完全に人間に制圧されて久しい土地ですが、かつてこの地の主人だったものたち=退場した物語の登場人物はどこへ行ってしまったんだろう……という想像から描きました。

7つの作品の中でこれが一番苦労して、全然切り口が決まリませんでした。(「人間にやっつけられた者たちのラジオ」というテーマなので、簡単に陰鬱な雰囲気になってしまうのだった)
締切の数日前まで形すらなかったのですが、二人組ラッパーのchelmico(ギラついてないけど明るくて、ナイーブだけど元気で最高の存在……今週のライブも本当に良かった……)のアルバムを聴いていたら、明るく元気でいれば大抵のことは言えちゃうぞという気になり、ほとんど頭を使わず元気な気持ちで一気に書き上げたものがこちらです。
何事も元気が一番です。

4「恋する人の放送局」

前の3番が一番最後まで決まらなかったのに対し、こちらは企画を考えるかなり初期から構想のあった作品で、完成も最も早かったものです。
隅田川とその沿岸が、どんどん親しみやすく清潔な場所になっていく中で、川自体が持っている不気味さや怪しさ、倒錯的な雰囲気をそのまま形にしたいと考えて描きました。

川にミッフィーちゃんのぬいぐるみが浮いてるなと思って見てたら巨大な鯉の腐乱死体だったこと、子供の頃、道端に落ちてたポケモンの「カブト」の指人形を拾ったら、中にセミのバラバラ死体がつめこまれていたこと…など、隅田川やそれ以外の個人的な記憶を撚り合わせて描いた作品でもあります。

作中に出てくる昔のカミソリ堤防の向こう側の風景は、リサーチをもとにした描写です。特に桜橋より上流あたりになってくると、今でもその雰囲気を想像できる場所が点在しています。

5「夢見る人の放送局2」

不思議な夢を見る人の放送の2つめ。
完成した橋をはじめて渡る「渡り初め」という式典は実際に桜橋で催されたそうです。
身近にあまり大きな橋のない事もあって橋に対する感覚がなかったのですが、そのエピソードは橋と人との間の緊張感を象徴しているような気がして新鮮で、物語の舞台として取り入れました。

考えてみれば、これまで繋がっていなかった二つの町がいきなり繋がるのは、橋が架けられる以外だと、あとは壁が壊されるくらいでしか起きないレア現象だと思います。
その融合の不思議な質感に、もう絶対に会えないはずの父親に不意に出会ってしまった夢の融合の感じを重ねられたらと思い描きました。

そして、なぜか桜橋にいつもカモメの群れがいるというのも本当です。本当になぜなんだ。

6「夢見る人の放送局3」

隅田川は昔は綺麗で流れが早く、水流の緩やかなちょっとところに立派な鯉が溜まる釣りの好スポットだったそうです。
今泉みねが語る隅田川の美しさもあって、夢の釣りスポットとしての隅田川をイメージしました。
また、白鬚橋近辺にはかつて本当に水上集落があったそうで、その話を規模を拡大して舞台にしました。

シリーズの最終回として、あくまで現実から夢のことを語っていた男が、夢の中に取り込まれていって旅立ってしまう……というイメージで描いた作品です。
都心から少し離れてポッカリと開けた場所の感じや、すぐ背後に聳え立つ白鬚団地の、この世のものとは思えない威容など、このエリアが一番リアルな夢の質感に満ちていると思っています。

7「安藤さんの放送局」

私は普段、劇場で上演されることを想定する戯曲をメインで書いており、この作品は一番、自分が好きな物語の作り方を使って書きました。

風通しの良い場所にベンチがぽつんとあるという、リスペクトする別役実さんの舞台装置の雰囲気がある素晴らしいスポットで、最初にここにきた瞬間自然に方向性が決まりました。(しかし自然に書けるわけではなかった)
ビジュアルだけでなく、誰もここを目指しては来ず、誰もここから出発もしなさそうなところがとても魅力的な地点です。

現地に行かず視聴している方に「地上のある地点で誰かが誰かと出逢おうとしている」と想像してもらえたら、それはこの場所の雰囲気が空間を超えて伝わっていることになるな、と思って描いた作品です。

すみだ川へ向かって。

7つの作品は、阿部さんや自分のリサーチで入手した情報を、作品の都合でかなりアレンジして取り入れています。
なので、例えば地域・地形について詳しくなったり、地域の方の思いに触れるようなタイプの作品ではないのですが、
どの作品も、明るく清潔な隅田川でも、堤防に取り囲まれて人々の暮らしと切断されていた隅田川でもない、それ以前からずっと人と共にあったすみだ川……健全に効率的に作動する人間社会とは別の世界の入り口の川……を表現したいという思いで作っています。
俳優の皆さんも、演出・録音・編集を手掛ける阿部 健一さんも、とても素晴らしい仕事をされています。テキストとして携わった身として感無量です。

公開終了まで時間が迫ってきましたが、これからもまだまだたくさんの方に作品を聴いていただけると嬉しいです。

作品概要

↓内容・視聴は以下のURLから↓
https://engekiuni.wixsite.com/sumidagawa-radio

「すみだ川ラジオ倶楽部 川を流れる七不思議編」

作品公開期間|2022年11月19日(土)~12月25日(日)
会場|隅田川沿い各地&あなたの好きな場所(スマートフォンなどを使って再生)
視聴料金|無料・要会員登録
作:魚田まさや|演出:阿部健一*
声の出演:山内健司(青年団)、石渡愛(青年団)、齋藤優衣*、高橋由佳*、トヨザワトモコ、矢部祥太
作中音楽:ポークハイパット
グラフィック・WEBデザイン:齋藤優衣
イラスト:Mariia Ermilova
ベンチ設計・製作:木村七音流、下田悠太
ドラマトゥルク:小野晃太朗(シニフィエ)
企画協力:イワタマサヨシ、日野千鶴
制作:uni
*=uniメンバー
主催:uni、「隅田川 森羅万象 墨に夢」 実行委員会
共催:墨田区 協賛:株式会社東京鋲兼、東武鉄道株式会社
※「隅田川 森羅万象 墨に夢」実行委員会 事務局は(公財)墨田区文化振興財団が担っています。

もしテキストを気に入ってくださったら。

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「硬骨魚類のための寓話」というタイトルで、今回の作品にも通じる、妙な雰囲気の短編を連載しております。
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