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大相撲九月場所③ 宝富士ー若元春

 三日目。今日は駆け引きが面白い一番があった。
 宝富士と若元春の一番である。

 立ち合いから両者得意の左四つに組み合う。
 そこからの手前、正面側の攻防である。
 若元春は腕を深く差したい。宝富士はこの差し手をおっつけて殺しつつ、体を密着させ、上手を取りたい。
 この宝富士のおっつけから上手を探る動きへの切り替え。この判断が生命線となる。

 途中、この上手を取る動きを見せるが、回しに手が届かず、かえって若元春に腕を深く差され、おっつけをし直す、という展開になっている。
 若元春も上手を取らせまいと、上体の力で距離を取り、回しから遠ざけている。上手に届きそうで届かない。

 この紙一重の攻防が見応え十分であった。
 宝富士はおっつけて、体を密着させ、そこから一瞬の判断でおっつけを解除し、上手を狙う。
 若元春は、それを回避しつつ、おっつけが外れたタイミングで腕を深く差し直す。

 これだけでも大変緻密で繊細なやりとりなのに、向正面側ではまた別の攻防が繰り広げられている。力士はマルチタスクを要求されているのだと、改めて頭脳戦としての競技力の高さも実感する。

 果たして宝富士は念願の上手を取り、十分の形となって喜び勇んで仕留めにかかるが、若元春の脅威的な土俵際のうっちゃりに泣く結果となっている。
 しかし、これはあくまでも結果であり、そこに至るまでのプロセスは見応え十分であった。無駄がなく美しい。教科書のような流れ。

 年輪を重ねて研ぎ澄まされた左四つの技術と、伊勢ヶ濱部屋の猛稽古による若々しい肉体。
 宝富士の、技と力の見事な融合であったと見る。


 これだけでも語れてしまう大相撲。木を見て森を見ずな分析かもしれないが、荘厳な木を見て満ち足りた気分である。

 大相撲が私を放さない。

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