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結局は人と人のつながり。

わたしの釧路での活動を語る上で、外せない人物がいる。それは、釧路でお母さんのように慕ってる『 みくちゃん 』の存在だ。

どちらかといえば、母というより姉妹のような感覚でw ひとりっ子のわたしにも、歳の離れた姉がいたらこんな感じなのだろうかと思ったこともあるくらい、お互いの歳の差を忘れてはしゃげる仲なのだ。

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みくちゃんは、2018年12月に生まれて初めて行った2泊3日の釧路旅行で2日目に訪れた、とある喫茶店の店長さんだった。

そしてまた、みくちゃん会いたさに3ヵ月後には再び釧路へ。

そんなわたしの2回目の釧路滞在の最終日。わざわざ釧路空港まで送ってくださり、2人で仲良くモーニングを食べ、コーヒーを飲み、お土産にと弟子屈町の銘菓『 大鵬せんべい 』を持たせてくれながら保安検査場を抜けるギリギリまで手を振って、涙ぐみながら見送ってくれて『 また、釧路へ帰ってくるんだよ 』って言ってくれた人だった。

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それ以来、みくちゃんとはお互いに連絡先を交換し、たまに電話したり、絵はがきを送ったり、そんなやり取りを続けながら半年が過ぎようとしていた。

そして、2019年の夏。自分のチカラの無さから、TABICA地域コーディネーターてして、大きな試練を迎えることとなり、釧路へ仕事の感覚で通うのはそろそろ身の引き時か...といった空気がわたしの中で静かに流れていた。

そんな時も、みくちゃんは2人で滞在中の『 まとめの時間 』と言って釧路空港までの車内で、あーでもない!こーでもない!と今後の釧路での活動について語りながら送ってくれた。

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そんな苦しい令和元年の夏を乗り越え、10月、12月と信じられないくらいの奇跡続きと、御縁に恵まれ、ようやく釧路の地で本当にやりたい事を見つける事が出来た。

先日、みくちゃんのお店へ行ける時間ができ、久しぶりに訪れるとお店の脇に木箱のティッシュボックスケースが何段か積み重ねてあるのに気付き、思わず手に取った。

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その木箱は、漁業で盛んな釧路の街に欠かせない海産物専用の入れ物『 魚箱 』という木箱を小さくティッシュボックスケースにアレンジしたものだった。

今でこそ、木箱はすっかり発泡スチロールに取って代わられてはいるものの、釧路では現在もイクラや鮭など、少し高級なお魚に関しては木箱を使用してる事も多いらしい。

その魚箱を作ってる同級生がみくちゃんと小、中、高校と幼なじみで昨年、高校同期の卒業生に贈るべく、創立100周年の記念を祝して『 魚箱ティッシュボックスケース 』を作っていたそうなのだが...悲しいことに100周年の記念式典の当日にお亡くなりになられ、その魚箱が彼の遺作となった事を教えてくれた。

以前から、木箱のケースは幣舞橋( ぬさまいばし )のたもとにあるお土産屋さんで何度か見掛けており、欲しいなと思いながらもなぜか??購入までは至らず...わたしはきっと、この話をみくちゃんから聞くために、無意識にも購入をしなかったんだろうなとふと思った。

そうしたご縁から、そのうちの1箱を譲っていただけることになり、良いお土産が出来たと喜んでいると、みくちゃんから驚きの一言。

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『 ティッシュケースじゃなくて、カムイくんのベッドにしたらいいのよ!! 』って。思わずまわりに居合わせた全員...きょとーーんw

そう( -᷄ ω -᷅ )恥ずかしながら...

わたしは『 ノラネコぐんだん ( 工藤ノリコ/作 白泉社 )  』という黄色いネコのぬいぐるみに『 カムイ 』と名付け、釧路までの移動に欠かせないLCCの手荷物持ち込み重量制限7キロの壁と常に戦い 。゚(゚´▽`゚)゚。明らかに荷物が嵩張るのを重々承知しながらもリュックにねじ込んでは釧路へ欠かさず持って行っている。

みくちゃんたっての希望でカムイを魚箱に入れてみると。。。。

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サイズぴったりw 計ったようにぴったり。

その瞬間、遺作の魚箱ティッシュボックスケースはカムイのベッドに変わることとなった。

笑える話だけどw
ある意味、泣ける話でもある。

みくちゃんの幼なじみも、そんなわたし達のやり取りをお空の上から笑ってくれてるような気がした。

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後日、お布団を作って送ってもらえることに。

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