フットボールのダイヤモンド・オフェンスにおける攻撃サポートの構造化19 2.2.7 自己組織化が働くのはカオスの縁


2.2.7 自己組織化が働くのはカオスの縁

フットボールは複雑で非線形な要素を持っている。しかし、フットボールが複雑だと言っても決定論的カオスの状況ではないと考える。

決定論的カオスとフラクタル組織:

ホセ・ギジェルモ・オリベイラはフットボールについてこのように述べている:

フットボールの試合は「決定論的カオス・システム」と「フラクタル組織」の対立である。

ホセ・ギジェルモ・オリベイラは、フットボールは「決定論的カオス」と「フラクタル組織」の対立という考え方を提案している。

フットボールにおける「フラクタル」とは方向性(相手ゴールを攻撃し、自身のゴールを守る)である。相手、チームメート、ボール、攻撃の局面、守備の局面、攻守の切り替え、フットボールのあらゆる場面で発生する方向性であると考えることができる。

フットボールの「フラクタル」の要素は、2対1、1対1、1対2、3対3、7対7、11対11等、プレーのどの場面におていも継続的に発生する。

フットボールのトレーニングをする場合、この「フラクタル」の要素も考慮に入れる必要があることがわかる。フットボールの「フラクタル」の要素が「方向性」であるということは、トレーニングメニューを作成する際、プレーに方向性を持たせるためにゴールを作ることが必要になってくる。この場合のゴールとは、ゴールを置く、ラインゴール、固定された位置のフリーマンにパスをする等であると考える。

フットボールは「カオスの縁」のような特徴を持っているスポーツであると前回の章で説明した。「カオスの縁」という用語は、秩序と無秩序の間の移行の空間を示すために使用される。


自己組織化とカオスの縁:

スチュワート・カウフマン(1999)は、「自己組織化」と「カオスの縁」についてこのように説明している:

自己組織化が働くのは「カオスの縁」(秩序とカオスの境界)近傍の秩序側にシステムがあるとき


フットボールのプレー状況は完全に無秩序ではなく、また、完全に秩序があるわけでもないと考える。スチュワート・カウフマンは「カオスの縁」を「近傍の秩序側にシステムがあるとき」と表現しているが、フットボールにはまさしく、プレーシステムや組織プレーなどのシステムがある。同時にフットボールには同じプレーは2度と存在しなく、非常に複雑な状況が連続する中、そのプレーをする状況と類似したプレーを過去の記憶から選択してプレーしているので、カオスも間違いなく存在することだろう。

スチュワート・カウフマン(1999)はシステムが秩序を形成するには、完全に無秩序や完全に秩序の状態ではないことをこのように説明している:

完全に秩序の状態にあると、システムはひとつの秩序状態に停滞してしまって、状況とともに変化する柔軟性をもたなくなる。一方、完全に無秩序なカオス状態にあると、システムはランダムな動きを見せ、適切な秩序への道は閉ざされる。破局に陥らない恒常性とを兼ね備えたシステムだけが、その時々に最も適切な秩序を形成していく。

フットボールは完全に無秩序、完全に秩序の状態にあるスポーツではなく、「カオスの縁」と、「フラクタル」の要素(プレーの方向性)を持ったスポーツであると考える。なぜなら、フットボールのプレーは非常に複雑な状況の連続であるが、「フラクタル」な要素(プレーの方向性)があること。次にスチュアート・カウフマンが説明するように、完全に無秩序なカオス状態(決定論的カオス)にあるシステムは、ランダムな動きを見せ、適切な秩序への道は閉ざされる。この上記2つのことから、フットボールのプレー状況は完全に無秩序なカオス状態(決定論的カオス)ではないことが理解できる。

フットボールのプレーは無秩序のように見えて、そこにはプレーの方向性があり、組織的プレーとしての攻撃、守備、攻守の切り替えの場面があり、ある程度の秩序を形成している、そしてプレーヤーの自己組織化が可能である。そのように考えると、フットボールのプレー状況はプレーヤーの自己組織化が可能な「カオスの縁」にあるのだと推測できる。


エスター・テーレンの研究:

「フラクタル」の要素を持った「カオスの縁」の状態において様々なプレー状況の変化に柔軟に適応することができる恒常性を兼ね備えたシステムが、自己組織化であり、各プレーヤーのダイナミック・システムであると考える。

エスター・テーレンのダイナミック・システムの研究によると:

私たちの行動は、文脈や個人の発達史に基づいて、瞬間瞬間に再構築されるという考え方です。

エスター・テーレンの考え方をフットボールに置き換えて考えてみる。私たちのプレー(行動)は、プレー状況(文脈)や個人が今までに身につけたプレー選択肢・過去の記憶(発達史)に基づいて、瞬間瞬間にプレー状況を認知し、その状況を解釈して、過去の記憶の中から類似したプレーを選択し、実行する。そして、それを記憶に定着させ学ぶ(再構築)という考え方だと考える。それが自己組織化であり、自己組織化から創発が発生し、その結果として即興プレーが創造されるのだと考える。

可能性のポテンシャル:

さらに、フランシスコ・セイルーロ(2000)は、「可能性のポテンシャル(Potencia prospectiva)」の考え方が重要であると説明する:


「可能性のポテンシャル」とはあらゆる方向にも特定の変化率で変換するためのエネルギー交換の可能性である。1つの前進が他の可能性を秘めた多様性を制限し、特定のシステムを形成するプロセスにおいて創造性を失うことになる。もし選手が同じ方法でいつも同じ状況を解決したら、成長の過程で創造性を失い、多様な方法で状況を解決する能力を失っていく。

以上のことから考えていくと、「フラクタル」な要素をもった「カオスの縁」ような複雑なプレー状況をトレーニングメニューを作る際に考慮しなければならないことが理解できる。また、フランシスコ・セイルーロが説明する「可能性のポテンシャル」をなるべく制限しないトレーニングを実行することが重要だ。プレーの制約は長所と短所の両面があることを理解しなければならない。

長所とはそのプレーを身に付けることができること。短所とはそのプレーしか解決方法を持たなくなり、プレーヤーの創造性を失わせる可能性があることだ。例えば、2タッチ以内でボールポゼッションのトレーニングをすると、2タッチ以内でのボールポゼッションは上達する。しかし、実際のフットボールの試合では2タッチ以内というルールはないのだ。例えば、ボール保持者の前方にスペースがある場合はコンドゥクシオン(スペースへ運ぶドリブル)をした方が効果的な場合もあるし、ドリブルが得意なプレーヤーは相手と1対1の場合、ドリブル突破した方が効果的な場合もある。

プレーを制約することにによって、長所と短所の両面がある。これがフランシスコ・セイルーロが説明する「可能性のポテンシャル」であろう。複雑なプレー状況の中で、プレーを制約しないことによって、多様なプレーの状況に適応する力が身につくのだ。

フットボールのダイヤモンド・オフェンスは、そのような考え方に基づいている。プレーヤーは、ダイヤモンド・オフェンスの原則を学び、プレーをする状況、相手のリアクションに応じてプレーオプションを選択する。

トレーニングや試合において、プレーヤーは新しいプレー状況を体験し、相手のプレーを読み、チームメートと相互作用を通じて自己組織化し、プレーを学ぶのだと考える。これが即興プレーを創造するということであろう。

ダイヤモンド・オフェンスの攻撃メソッドを理解し、どこにオープンスペースを作るのか、チームメートと相手ディフェンスの動きによってできたオープンスペースをいつ使用するのかを知ることが大切である。

ダイヤモンド・オフェンスの目標は相手ディフェンスのアクションにリアクションすること。相手ディフェンスを排除し、オープンスペースを作るために相手ディフェンスを誘導すること。数的優位、ポジション優位、質的優位、社会的感情の優位の状況を作ることである。




引用・参考文献:

Guilherme, Oliveira, Jose. Periodización táctica teoría y fundamentos. Translated by Cowell, Nick.

Kauffman, Stuart. At home in the universo: the search for laws of self-organization and complexity. Oxford university press. 1995.

ポル・ラファエル. バルセロナ:フィジカルトレーニングメソッド. 翻訳:坪井健太郎. 監修:小澤一郎. カンゼン(2017). 156-157.

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