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なまはげを 書 にして贈る👹🖌(3)

🖌 「なまはげのおくりもの」を売るにこりさんの店舗

太田さんににこりさんのお店の写真を見ていただいた率直な感想は「なまはげよりは、ハロウィン風なお店の配色」だった。確かに私の知っている店主と奥様はとても人懐っこく誰にでも気さくに話をしてくれる明るい性格。高橋優さん推奨の菓子「なまはげのおくりもの」を買いに遠方からやってくる人たちとも楽しい会話の時間があるらしく、Twitterでも人気だ。だから私はあの店内の明るい色合いは納得なのだけど、そういえば太田さんにはなまはげの話しかしていなかった。
なまはげの恐いイメージで文字を考え始めてくれていたから申し訳ない。でも今で良かったとも思う。少し方向転換されたこの作品はどんな風に出来上がっていくのだろう。暦の季節はもうすぐ秋、九月に入ろうとしている。

では、太田さんに送った秋田のにこりさんの店舗の写真を。
「 日本の味を噛みしめる。」( サイトより掲載写真引用)
トップ > 秋田県 > 秋田市 その他 > お菓子のにこり ・ ↓ Feb 20, 2021

「日本の味を噛みしめる」 サイトより転載
「日本の味を噛みしめる」 サイトより転載

にこりさんはSNSで検索すると商品や店舗の写真が沢山出てくる。秋田市は遠いしコロナ禍で私もまだ行ったことが無い。奥様と私は同学年で電話ではすっかり友達のように話をする間柄になっているがお互い顔を知らない不思議な関係だ。お店の外観や店舗の中や売っているお菓子のパッケージはもう私にはお馴染みになっている。だが問題がひとつ。
ここまで話が進んでいるのにまだにこりさんにこの件を何も伝えていない。11月の九周年を終えるまで十周年の話はできないから、九周年が無事に過ぎた時にこの書作品のことをお伝えしたいし、下書きのまま書き溜めているこの note もきちんとアップしていきたい。突然のこの話、にこりさんご夫婦はどんな風に思ってくれるのだろう。喜んでくれるだろうか。

この noteを遡り、改めて最初に記した太田さんの華々しい経歴を見てきた。秋田のにこりさんと三重の書作家太田穂摂さん、句を考えて下さった古和田さんの力も借り私にとって本当に大きな企画がゆっくりと動き始めている。

🖌 2021年9月、コロナ第5波で東京も三重も秋田も環境が変わった。

9月9日、太田さんにメールを送った。三重で新規感染者数が急に増えていることもあり体調の心配もあった。こちらからの書作品のお願い、お菓子、店舗写真など次々送って心の負担になってないだろうかとも思った。
するとその日の内にお返事が来た。作品は合い間合い間に書いて下さっていたそうだ。

「作品というものは いっぺんにたくさん書くと
コピーのようになってしまって、力仕事になってしまうんです
なのであーでもないこーでもない3枚書いてまた次回という感じです
書きながら脳裏で考え、にこりさんの店内が黄色だったので表具の布の色、
額の色、がちょっと黒では引き締まりすぎてきついんじゃないかなとか
いや黒だったら一番無難かなとかそんなこともチラチラ考えてます
真剣に思い詰めて考えてませんので大丈夫です
ゆるくしておいたほうが良いアイデアが浮かんだりもします」

三重では発表会や展示会も参加できなくなりお稽古自体もできずという生活だそうだ。私は教室に通った経験はあっても人に教えたことは無く、師という立場の人の大変さを実感できないが心身共に厳しいことだろう。そんなことを考えていると昔々にお茶の教室に通っていた自分がふと頭に浮かび教わっていた師をたまたま独占できた贅沢な数時間を思い出していた。私だけの為にお茶を点ててふるまってくれた。
太田さんにもお弟子さん、生徒さん、沢山いらっしゃることだろう。そんな中、私の提案にお付き合いくださり、更に更に、感謝の気持ちが湧いた。
暫く時間を置いて次の進捗報告は太田さんからのメール受信後に綴りたい。

9月19日、コロナ禍、日本あちこちが非常事態宣言下にあり、行き来もできない中、東京、伊勢、秋田という3つの土地を言葉のみで行き来する、私にとっての我が儘で大きなプロジェクトはゆっくりと進行中だ。
太田さんとは1月に三重テラスの書作品展でお会いしたのみ、にこりさんとは電話とメールのみで顔も知らない仲。それなのにこうして信頼関係が出来上がっていくのがとても不思議だし、人間って温かいとつくづく思う。
9月に入り気温も下がり、窓から見える街並みも少しずつ秋めいてきた。街路樹の紅葉はまだだけど秋の匂いがし始めている。

11月20日、昼頃に太田さんから東京に来てますという電話があった。急に思いついたんだけど会えないかという話、今渋谷に向かっていてその後にどこかで食事をという。徐々に太田さんの時間軸が判り始めてきた。
始発で伊勢から出てきて渋谷で作品展を観覧(どうやら展の主とはお知り合いのよう)、私と会ってその後 20:30 の新幹線で伊勢に戻るというハードワーク。私の日常とは真逆な毎日を生きている。

私は最初知らずに呑気に渋谷のお店を探してたけど、ならばと東京駅構内のKITTEに在るお店で18:00に待ち合わせることにした。太田さんはせっかちだ、いやいやそれくらい日常のペースが詰め詰めなんだろう。
先ずは近況報告。私たちの共通テーマ「なまはげの書」の話、その後太田さんがこれからしたい「もっと斬新な書のかたち」の話も聞いた。和服が似合うのに内側は多彩な人だ。会うのは二度目でも中身が濃い。「書=古風」なイメージを持つ私の頭の中がガラガラと崩れていく。太田さんは常に向こうにある新しい何かを探って忙しく動いている(突っ走っている)人だった。

🖌 2022年正月、コロナ第6波が始まる。
年が明け新たなコロナウィルスにはオミクロン株という名前がついていた。東京都も秋には新規感染者が10人を割るところまで減っていたのに今年に入ってまたその数を急激に増やしている。「」という形そのものの急激な上昇が続く。
三重も秋田もいつもと違うお正月を過ごしているだろうし東京も不安で閉じこもりの正月だった。その後も感染状況は悪化する一方で先が見えない。

1月27日
、私が伊勢に送ったささやかな物と入れ代わりに太田さんからも戴き物があった。ポストに入っていた郵便は他の物とは感触が違っていた。開けると朱の可愛い着物地に包まれたお塩が出てきた。本当はもっと素敵に包まれていたんだと思う。しくじった、開封前に写真を撮るのを忘れていた。
そそっかしいというか、気忙しいというか、いつも後で気づくのが私の残念なところだと自覚する。

包み直して撮影
今年が清廉潔白な一年になりますように!
今年は皆が報われますように!

「私のかけじく 案外なじみます」

メッセージのついたポストカードも入っていた。この写真の部屋の中央に
飾られているのは、太田さんがパリの友人に送った作品なのだそうだ。
パリのアパートメントと聞くと数々の和の品々が更にお洒落に見えてくる。

パリのアパートに在る「和」の1コーナー

年末にはにこりさんからも秋田の品々を戴いていた。秋田の地物を東京で食すって贅沢だなと思う。写真にはないけど有楽町交通会館で買ったなまはげ赤鬼のラベルの甘塩醤油も美味しい。高橋優さんが私とにこりさんを繋いでくれて、にこりさんが秋田の食材と繋いでくれて、私は秋田と三重を繋ごうとしている。こうして点が繋がりネットが張られていく。写真の中の男鹿半島の塩はにこりさんの「なまはげのおくりもの」にも使われているそうだ。

秋田から来た秋田の地物

東京には名物が無い。名物が集まる場所でしかない。生み出すのはいつも地方のどこかでありそれを広める場所が東京なんだと思う。いつも何を送ろうかと考えるんだけど何が好いか浮かばない。だから誰に贈ろうが先ではなく、思いついた時相応しい品に出逢えた時にピタッと合う人に宛てて送ることにしている。
今回の書もその一品。思いついてからが長いけど、私が生み出す作品ではないけど、自分で作れないから私は点と点を繋ぐ人になれればいい。

なまはげを 書 にして贈る👹🖌(4)に続く
なまはげを 書 にして贈る👹🖌(4)|すぎもとかよこ|note

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