神宮への旅 ~一顰一笑~
5月9日 から 13日 に三重に帰った。
2011年秋に東京に住み始めかれこれ12年が経っているのに行くといつもそこに住んでいるかのような気持ちになる。新幹線に乗って名古屋駅構内、近鉄の車両が改札の向こうに見えるともう私は三重の人となる。自分の生活を置く東京の小さな部屋が頭から消える。今回は伊勢路!
私は伊賀で育ち一旦東京を経て県庁所在地に戻り現在はまた東京で暮らす。コロナ期行けてなくて久しぶりの帰省、三重の空の青さと美味しい空気が楽しみだった。
伊勢神宮は正式名称が「神宮」である。これは他の名の付く神宮と区別する為。唯一無二の神宮なので神宮と呼ばれている。
9日に外宮、10日に内宮、11日に別宮月夜見宮(つきよみのみや)を参った際にいただいた御朱印に伊勢の名称は書かれていない。
5月9日 木曜
豊受大神宮(外宮) とようけだいじんぐう(げくう)
豊受大神宮(外宮)|神宮について|伊勢神宮 (isejingu.or.jp)
電車で来るのは初めてかもしれない。三重県民はほぼ車で移動の日常。
近鉄の反対側、JR出口の向こうには外宮への参道がまっすぐ延びている。
参道を通り過ぎると道標。その向こうは外宮の鳥居と緑が見えている。
初めてお参りの人にも優しい。地元の人たちの道案内をお願いできる場所。
この日は暑いくらいの陽気で半袖で来たらよかったと後悔。でも風はひんやり涼やかで、さすが伊勢の風は心地よかった。
拝読後、右手に在る橋を渡る。外宮は左側通行、内宮は右側通行。正宮が向かってどちらの方向に有るかで決まる。正宮が橋の右方向に在るので外宮では橋の左側を渡り、内宮は正宮が橋の左方向に在るので右側を渡るそうだ。
ちなみに外宮と内宮は(げぐうではなく)げくう、(ないぐうではなく)ないくうと呼ぶ。歩いていると案外間違って話している人が多かった。がいぐうと呼んでいる人も居た。三重の人はさすがに小さい頃から親しんでいる人が多く間違える人も少ないけど他県の人は馴染みが無い分間違えやすい。
柄杓を右手で持ち先ずは左手を洗う。
次に柄杓を左手に持ち替え右手を洗う。
右手に持ち替え、左手で口をすすぐ。
改めて左手を清める。
柄杓の柄を立てて残った水で柄を洗い清める。
これを一掬いの水で行い柄杓を元の位置に戻す。
赤福のお店が17時に店じまいと聞いたので池は眺めて通り過ぎた。あと1時間早ければ寄ってゆっくりしたかった。木製ベンチもあり木陰でゆっくり季節を楽しむことができる場所に見えた。
真っ直ぐ行くと緑生い茂る正宮への道があった。
はじめての神宮
前回は2013年。次回神宮の式年遷宮は20年後の2033年に行われる。
これは寿命が約50年と言われた昔の役職人が人生2度遷宮に関わることができるよう、次世代への技術の継承が大きな目的だった。
2025年には次期式年遷宮のはじまりとして、ご神木のお祭り
木を切り出す「御杣始祭(みそまはじめさい)」
内宮外宮にお運びする「御木曳(おきびき)行事」など
2029年には、社殿建築のお祭り
新しい橋を渡りはじめる「宇治橋渡始式(わたりはじめしき)」など
2033年には
社殿の敷地に白い石を敷く「御白石持(おしらいしもち)行事」など
クライマックスともいうべき儀式「浄闇(じょうあん)」は
穢れなき暗闇のなか行われる、神遷し(かみうつし)のお祭り
かかわるすべての奉仕員を祓い清める「川原大祓」
天照大御神が現在の社殿から新殿へとお遷りになる「遷御」など
(※祭典はすべて現時点での予定です)
▼ 詳しくはこちらを! 〜 これからの神宮×未来のわたし 〜
変わらないために、変えるということ |はじめての神宮|伊勢神宮 (isejingu.or.jp)
一礼をして鳥居をくぐる。お賽銭を投げ二拝二拍手一拝。
神宮ではお願いではなく神様に感謝を伝えるのが善いそうだ。
別宮(多賀宮、風宮、土宮)の土宮に行ってないことに気づいた。
次に行ける機会ができたらお参りしたい。
別宮|豊受大神宮(外宮)|神宮について|伊勢神宮 (isejingu.or.jp)
外宮お参り30分コース
外宮のモデルコース|モデルコース|ご参拝・ご祈祷|伊勢神宮 (isejingu.or.jp)
伊勢初日はチェックイン後の約1時間で外宮参拝を終えホテルに戻った。
今日の買い食い・・・大餡巻き・赤福・揚げあさりほたて棒
5月10日 金曜
皇大神宮(内宮) こうたいじんぐう(ないくう)
正宮|皇大神宮(内宮)|神宮について|伊勢神宮 (isejingu.or.jp)
伊勢市駅から巡回バスに乗って内宮へ。
行きは、
三重交通 > 路線バス > 伊勢二見鳥羽周遊バスCANばす
鳥羽行のバスだが外宮や内宮も運行ルートに入っている。私の乗ったバスは女性の運転手で観光案内を含めたアナウンスをしながら走ってくれていた。長い信号の時には小銭が無い人は今両替をして下さいというような気遣い。短い時間だけど観光バスに乗ったような楽しさもあった。交通系カード利用可、片道470円。
伊勢市駅から内宮までは20分足らずだった。平日なので人もそれほど多くなく気候も着いた時間帯はやや暑い程度。やはり参拝は午前中にしたい!
橋を渡って右に折れる道を進む。けれど橋は右側通行。何度も参拝していても実感がないが、ぐるっと回って橋の左方向に正宮が位置しているということなのだろう。
左、中ほどに少し見えている川岸に参道砂利道を通ってこれから行く。
昔の参道は狭く、この砂利道の両端数メートルは民家や参拝の人相手の店が並んでいたという。それを広げて今は広い大きな参道になっている。
この参道の砂利はベビーカーを押して進もうとするとかなり険しい。大人が乗る車椅子は更に重く難しいだろう。駅のホームや道路に黄色の点々の部分があるように神宮の砂利道の脇いずれか一方にでも舗装された部分があればみんながお参りしやすいだろうと思う。恐れ多くだけど。
(私の知らない何かの方法が既にあるかもしれない)
👇 15秒ほどの内宮風景動画です。ご覧になれる方はどうぞ。
御手洗場を通りすぎ五十鈴川で手を清める人が多い。昔はタニシがくっついているほど水が綺麗だった。今も水は綺麗で冷たかった。なぜかいつも結構な数の小銭が投げられ沈んでいる。ちなみに赤福の上の餡の波はこの五十鈴川の水面を模っていると言われている。
砂利道を進むと空の厩があった。主はお出かけ中らしい。
どこに行くのだろう。と思いつつ私は御朱印をいただく方を選んだ。
外宮の遷宮ご奉賛のお願いと同じものが案内されていた。
神宮の由緒も同様。
(外宮はじめての神宮の部分を遡ってお読みください)
宇治橋を渡った処で献茶式の案内の人が立っていてお着物の方がたくさん歩いていた。この献茶式の為に神宮に全国から来た人たちで賑わっていた。
子供の頃からこの場に来ると気持ちが引き締まる。特別な空気を感じる。見上げるとどこまでも空に向かって伸びる杉の木。夏でも涼しい空気が充満している不思議な場所だ。
石段の下でしか写真を撮れないからほとんどの人の写真がこの風景になる。
階段を登って参拝するとときたま白い布が風に乗ってひらりと動く。その隙間から向こうが見えるとなにかご利益をいただいた気持ちになる。向こう側には広い砂利が敷き詰められている。
遷宮、20年毎にこの社殿を東と西の土地に交互に建て替えている。現在は西の土地に立っているので2033年には東側に移る。
石段を内宮正宮にお参りすると左手から別の石段を下りるという一方通行。下りて元の参道砂利道に戻る。そこからまた石段を上がり別宮に参る人とそのまま帰る人が居る。私は今回は元の道を戻った。
御朱印をいただいた処を右に曲がると休憩所がある。その前にこのもう一つの馬舎があり馬の名前が書かれていた。草新号と名づけられている。ただ、前回お参りに来た時にはここに白い馬が居たので先ほどの茶色い馬とは別の馬がいるのかもしれない。
前回はニワトリもいた。神職がニワトリの鳴き声を真似る「鶏鳴三声」を合図に遷御(せんぎょ)が始まると書かれているので前回庭の二羽のニワトリに出逢えたのは幸せなことだったのかもしれない。
休憩所には沢山の椅子、手洗い(トイレ)、給水器と紙コップも置かれていて歩き疲れた人はゆっくり休むことができる。購買所も入っていて御朱印帳、お守り、飾り物などと一緒に御神酒(おみき)が売られていた。
私はお酒は呑めないけど料理に使ってもご利益はあると教えてくれたので買って帰ることにした。 ただ、重い! 重かった!! おはらい町とおかげ横丁に行く前に買ったのは間違いだったか。いやいやこの重みは幸せの重みだと思ってありがたくホテルまで運ぼう。
参拝者がお参りの帰りにこの池の前で手を洗いおにぎりを食べて一息入れまた家に向かって帰り道を歩くという昔の人たちのルートが浮かんだ。
最後にもういちど振り返り神宮の景色を眺めた。写真も撮れた。
内宮、どんなにゆっくり回っても2時間ていどで終わる。
東京からも始発の新幹線で来ると日帰り可能かもしれない、とふと思った。
内宮参拝60分コース
内宮のモデルコース|モデルコース|ご参拝・ご祈祷|伊勢神宮 (isejingu.or.jp)
神宮内宮参拝後のおはらい町
空いているということは無い。でも混み混みで歩けないようなことも無い。程よい賑わいでこの町を軽くことができた。半袖でも良いくらいの暑さだけど風は心地よいひんやり感があった。
おはらい町をまっすぐ中ほどに進むと右手に赤福本店があり左はおかげ横丁の一角になっている。おはらい町もおかげ横丁も伊勢福さんが作った観光地で私が入っている三重の応援団のある東京日本橋三重テラスも伊勢福さんが三重県から預かり運営してくれている。伊勢福さん、ありがとう!
赤福本店の道向かい、おかげ横丁の入り口にも赤福がありそこでは夏に赤福氷を食べたい人たちがながーい行列を作っている。前回行ったのは8月だったのでみんなが氷を欲していた。今回は暑いと言ってもまだ5月、食べなくても我慢ができる暑さだった。私はおかげ横丁の豚捨てのコロッケが食べたい!
そう思いつつ左手のもめん屋藍に入った。広いお店の全部の商品が伊勢木綿で作られていて孫にバレッタや鈴の入った飾りを買った。隣のおみやげ屋ではおかげ犬のおみくじを買った。しろがね屋であこや貝のカトラリーを買った。伊勢茶翠でコーヒーカップを買った。
歩いているとほうじ茶を店内の機械で焙じてとても良い香りが漂っている。香りに惹かれそのお茶屋さんについつい入ってしまった。そこで出逢ったのがこのカップ。ZERO JAPANが作っているコーヒーカップで保温性もあるらしい。陶器が分厚く口元が当たる部分に丸みがあって飲みやすい。持ち手も一体型で作られ丸みがあって手に馴染む。
何色も有ったのでジーンズブルーを選んだ。昨夜宅配で荷物が届き早速開いてみると光の当たり方で黒く見えたり青く見えたりして飽きない。持った感触も良いので今日から日常使いになっている。
今日の買い食い・・・卯の花ドーナツ・豚捨てのコロッケ・夏蜜柑のジュレ・パイン大福
5月11日土曜
豊受大神宮別宮 月世夜見宮
(とようけだいじんぐうべつぐう つきよみのみや)
3日めは朝食の後部屋でゆっくりと荷物を纏めてからチェックアウト、荷物は預けたままホテルから徒歩圏の月夜見宮(つきよみのみや)に向かった。チェックアウト後も荷物を預かってくれるホテルのサービスはありがたい。後半2泊はお世話になるおうちがあり、今回の目的のひとつ高橋優ライブを終えてからホテルで待ち合わせの予定。
月夜見宮参拝の後は外宮前の広場で行われていた土日の伊勢楽市に行った。
たまたま楽市に出くわした観光客はラッキー。私もその一人。
まだ5月なのに赤福氷が大人気!
赤福盆の他にも季節の和菓子が売っていて、パイン大福美味しかった。
季節の和洋菓子と抹茶の店 五十鈴茶屋 (isuzuchaya.com)
伊勢市駅から外宮への参道にはこんなベンチが置かれている。伊勢市駅前の広場にも参道にも、内宮傍おかげ横丁にも、五十鈴川沿いの歩道にも、以前行った時には無かった休憩できるベンチが増えていた。観光客に優しい場所になっている。買い食いとは言ってても座って食べられる心遣いが嬉しい。
5月11日は高橋優ライブ
「ONE STROKE SHOW 一顰一笑(いっぴんいっしょう)」
47都道府県すべてを昨年12月から今年7月までかけて周る。バックバンドも無くステージの上独りでギターを弾きながら歌う。イントロもギター、時にハーモニカやツリーチャイムなどの小さな楽器も使って2時間以上を歌い繋いでいた。胡坐があって、独りでのホール、黒白武道館があって、今回の47都道府県ツアー。やってきた事がどんどん進化していく。
ひとりで作って、ひとりで歌って、ひとりでプロデュースして、プロモーションもしているのだろう。2010年にデビュー、初めて歌を聴いてから12年、歌い続け、新しい歌を届け続けてくれていることが嬉しい。感謝したい。
とても良い会場だった。音が客席に綺麗に聴こえてきた。客席の声もステージのアーティストにちゃんと届いたようだ。ステージと客席の互いの気持ちが一体となり素敵なライブ時間を持てた。こんなに反応が良いのは初めてと言ってくれた。三重県民は総じておとなしい。でも一旦親しみを持てると仲良くしたいと相手を思う気持ちがより強くなる。そんな一面が11日のライブにも現れたように思う。昔々に行ったライブハウスでの高橋優さんの会場での強い一体感を思い出した。
ホールではアンコール後いったん引っ込んだのに会場が歌い続け終わらないからもう一度出てきたことがあった。予定に無かったのが丸わかりで何をするとも決まってない素振りで1曲歌ってくれたことが懐かしい。当時のアーティストと観客の熱いやり取りが伊勢の会場で再現されていたように思う。
その内アンコール後は電気が点いてCDの曲が流れるようになって、観客はスクリーンのアーティストメッセージを写真に撮って自然と会場を後にしていくのが定番になった。あまり長々は良くないけど私は昔の名残惜しさが好きだった。これから周る残りの会場でも今回のような良い空気が伝播していくように願っている。胡坐を進化させたようなこのライブスタイルが好きだ。
今回のツアーは全国47か所を周ってご当地の空気に触れることがひとつの目的になっているように思う。私は渋谷と三重しか行ってないけど他の人たちからの話を聞くと高橋優さんは会場の地に前乗りしてその観光名所を訪れたり土地の食事をしてからライブに臨んでくれている。三重では伊勢エビだった。渋谷は確かスカイツリー下の水族館に居るチンアナゴだったと思う。
伊勢には10日16時に到着、駅前のホテルにチェックインしレンタカーを借りたら16:30で行きたかった忍者キングダムに着いたら16:55で終了の音楽が流れていた。ナイトショーがあるはずなのでその前に二見の夫婦岩に行き近くの神社で参拝、忍者キングダムに戻るもナイトは土日のみだった。そのまま伊勢市駅に車を走らせ戻り、外宮参拝と伊勢市駅近くを散策。食事に入り伊勢エビの生き造りを(金に物を云わせて)食した。
ライブ当日は早起きして内宮参拝後おはらい町に。MCで見せてくれた4種の伊勢エビグッズを買った・・・との話だった。
どうしてこのnoteのタイトルを「一顰一笑」にしたのか。この4文字熟語を私は知らなかった。一顰はちょっとしかめっ面、一笑はちょっとした瞬間の笑み、私たちの日常はこんなちょっとした事の繰り返しだという意味なのだそうだ。高橋優さんは言葉を本当によく知っている。
私の日常、伊勢の前と伊勢の後、もの凄い違いは無くてもちょっとした違いはありそうだ。都会で暮らす人たちに、年いちくらいで空気の良い田舎に出かけてみるのはどうだろうか。その時はせめて2泊で。まるまる一日田舎の人になってみてほしい。
私が行った9~11日は雨が降る心配もなく夏のような強めの日差しで観光が思いっきりできるありがたい天気だった。12と13日は雨だったけど観光はせずに知人と会ったりお墓参りをしていた。
三重での5日間で私の心は何に関しても「まぁいいか」という考えになびくようになっている。元々そんな人間だけど、よりそうなった気がする。お伊勢さんの「気」をたくさん戴いてきたおかげかもしれない。多少でも善い顔になっていればいいな。行きは伊勢市駅へ、帰りは宇治山田駅から。
今日の買い食い・・・鯛のすり身揚げ・蒟蒻田楽・渥美ひだまりメロン・揚げ野菜ひりょうず・お好み焼き(豚玉)
買い食いの他にもホテルの朝食バイキングと夜は定食相応の食事、コンビニでも買ってるしいつもより相当な食べっぷりだった。ホテルでは毎朝伊勢うどんが出ていた。食べて歩いてまた食べての毎日だった。連日スマートウォッチが1万歩を超えていたのは最近の日常では珍しい。
伊勢市内の観光コース
神宮の博物館と市内のモデルコース|モデルコース|ご参拝・ご祈祷|伊勢神宮 (isejingu.or.jp)
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