カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑦

「おいじいさん、ここにいた猿を知らないか?」
と金角・銀角の手下は、仙人に変身した悟空に尋ねた。
「ここにいた山に閉じ込められていた猿か?その猿なら儂が出してやって、猿はどっか行ったぞ」と仙人に化けた悟空は答えた。
「なんだと?おいお前は誰だ?」と金角・銀角の手下達が凄むと、
「口を慎むが良い、儂はそなた達の主人の金角・銀角の主だった太上老君の知り合いじゃ。金角・銀角を引っ張って太上老君の元に連れていくこともできるぞ」
「なんだと!おいお前、あの猿を連れてこい!」
「あの猿めがどこに行ったかなど知らんわい。
あの猿を呼んでどうするつもりじゃ?」
「この紫金紅葫蘆と琥珀浄瓶で、孫悟空という猿を吸い取ってしまうのよ」
「なるほど、元太上老君の宝物じゃな。それよりこれを見るが良い」
と言って、悟空は瓢箪を取り出した。
「この瓢箪がなんだってんだ」
「この瓢箪は天をも吸い込んでしまうという素晴らしい宝物じゃ、見ていろ、天よこの中に入ってしまえ」
悟空が叫ぶと、空はたちまち真っ暗になってしまった。
金角・銀角の手下達は驚いて空を見上げた。
「うわっ!なんにも見えない!」
「早く元通りにしてくれ!」
と手下達は叫んだ。
事実は悟空の合図で、天の門を司る神が天を黒い幕で覆っただけだった。
「よしよし、天を元通りにしてやろう。元に戻れ!」
と悟空が叫ぶと、たちまち青空広がる天が戻った。
「実は太上老君が紫金紅葫蘆を取り戻したがっておるのじゃ。どうじゃお前達、この瓢箪と紫金紅葫蘆と琥珀浄瓶を交換せぬか?悟空という猿が逃げたのならもうここには戻ってこぬ。今のままでは太上老君が金角と銀角を連れていくぞ。紫金紅葫蘆の変わりにこの瓢箪を持っていけば金角と銀角に褒めてもらえるじゃろう」
悟空が言うと、手下達はしばらく考えて、
「よし、交換しよう」
と言った。
悟空は瓢箪を渡し、紫金紅葫蘆と琥珀浄瓶を受け取ると、手下達は去っていった。
悟空は変化の術を解き、雲に乗って金角・銀角のいる平頂山蓮華洞に向かった。そして洞窟の入口で紫金紅葫蘆の蓋を開いて、
「銀角大王!」
と銀角の名前を呼んだ。
「おう!」
と銀角が答えると、銀角はたちまち紫金紅葫蘆の中に吸い込まれていった。
それを見た金角は、洞窟の外に出て、仲間を呼んで蓮華洞に攻め込んだ。
その隙に悟空は天井から吊り下げられている海松、八戒、沙悟浄を下ろし、八戒、沙悟浄と共に金角の軍勢と戦った。
悟空は如意棒を振り回して戦いながら、隙を見て琥珀浄瓶の蓋を開け、
「金角大王!」
と叫ぶと、手下に呼ばれたと思った金角は、
「おう!」
と叫んで、たちまち琥珀浄瓶の中に吸い込まれた。
残った手下達は、それを見て逃げ出した。
「やれやれ、災難でしたねえ」
と悟空は、琥珀浄瓶の蓋を閉めながら言った。
「ーーお猿さん、今までどうしてたの?」
海松が悟空に尋ねると、
「孫行者って言ってくださいよ。やだなあ、須弥山と峨眉山と泰山に押し潰されてたんですよ。気づかずに先に行っちゃうんだから」
「押し潰されたってーーどこもなんともないの?!」
「はい、元々五行山に500年閉じ込められておりましたから、このくらい平気です」
「ーーお猿さん、本当はあの旅の人が妖怪だって気づいてたんじゃないの?」
「はい、でもいきなり打ち殺したらお師匠様は怒るじゃないですか」
そう言って、悟空は口を尖らせた。
海松は本当は気づいていた。悟空が3つの山に押し潰されているのを。
しかし悟空ならなんとかするだろうと思い、また時々口うるさく、それでいてどんな事件も解決してくれる悟空が時に疎ましく、わざと悟空を置いていってしまった。
(ーーあたしがお猿さんに迷惑かけちゃったの?」
「ーーそういう時は、あたしに言って」海松は言った。
「はい?」
「本当にただの人間を殺したりしないんだよね?」
「ええ、そりゃもちろん」
「だったらそういう時はあたしに言って。いきなり殺したりしたらあたしもびっくりしちゃうから」
「そりゃありがたいこってす」
悟空はニカッと笑った。
(やっぱりお猿さんは頼りになる。お猿さんに比べてあたしはなんなの?)
「さて、金角と銀角は太上老君の金炉と銀炉の番を努める童子だったそうで、金角と銀角の持っていた5つの法宝も合わせて太上老君に返して参りましょう」
悟空が言うと、
「気をつけてね」
と海松は言った。
「ありがとうございます」と言って、悟空は雲に乗って太上老君の元へ向かった。
飛んで行く悟空を見ながら、海松は1ヶ月前のことを思い出していた。
佑月と海松は東京で同じ大学に通おうと誓っていたが、佑月の成績は思わしくなかった。
「こんなんじゃ大学行けないよ?」
と言って、海松は佑月を責めたが、佑月は勉強をせずにギターばかり弾いていた。
「大学に行かずにどうするつもり?大学行かないとろくな就職先もないよ?」海松が言うと、
「うるせえな、大学行くのがそんなに偉いのか?」
と佑月が言い返してきて大喧嘩になったーー。
やがて悟空が戻ってきた。
「ご苦労様」
と海松は言って、馬に乗って旅を続けた。

佑月は再び旅路についていた。
(今は岡山だから今度は東にか。遠いなあーー)
と佑月が思っていると、
「ーーあれ?」
と佑月が言ったのは、犬と猿と雉がいなくなっていたからだった。
(ーーまあいいか、鬼退治も済んだし)
そう思ったが、佑月はふと寂しくなった。
(ーーそう言えば今まで、海松のことを思い出したことがなかったな)
「海松に会いたいーー」
口にすると、佑月は海松に会いたくてたまらなくなってきた。
(海松とやり直せるだろうか、いやまた海松に会えるだろうか。やっぱり俺にとって海松はこんなに大事だったんだ。どうしたら元の世界に戻れるんだろう。そういや深く考えずになんか宿命があると思って今まで戦ってきたけど、一体誰が何の目的で俺をこんなところに連れてきたんだ?なんで『八犬伝』の世界だったりおとぎ話の世界だったりするんだ?)
そう考えながら歩いていると、周りの木が高くなってきた。
(ずいぶん高い木だな、こんな高い木のあるおとぎ話なんかあったっけ?)
と思っていると、木ばかりでなく周りの草も自分より高くなっているのに、佑月は気づいた。
(ーーへ?木が高くなってるんじゃなくて、俺が小さくなっているのか?)
やがて佑月は、小川にたどり着いた。
ふと傍らを見ると、お椀と箸が転がっている。
お椀は佑月の体がすっぽり入りそうなほどの大きさだった。
(ーーなるほど今度は一寸法師って訳か)
佑月は箸を手に取り、お椀を小川に浮かべてその中に入った。
箸を櫂代わりにして佑月はお椀を川の中流へと向けた。
お椀はそのまま、川に流されて進んでいく。
やがて大きな町並が見えてきた。
(そうだ、一寸法師は侍になると言って貴族の屋敷に奉公するんだった)
佑月がお椀の中から川の両岸を見ると、この辺で一際大きい屋敷がある。
佑月は箸で漕いでお椀を岸につけ、道路に出て屋敷の正面の門に回った。
「ごめんください」
と、佑月は門番に声をかけた。
門番は辺りを見回したが、誰もいない。
何度か声をかけて、やっと門番は足元にいる佑月を見つけた。
「なんだお前、そんな小さいなりでどうした?」
門番は佑月に言った。
「俺は侍になりたいんです。このお屋敷でご奉公させてください」
佑月が言うと、門番は訝しそうに佑月を見ていたが、
「ーーちょっと待ってろ」
と言って、屋敷の中に入って行った。
(ーーまた俺は、一体こんなことして何になるというんだ)
と佑月は煩悶しながら待った。
「ーー宰相(参議のこと)様からお許しが出た」
と門番は言った。
屋敷の中に入ると、会う人会う人が、小さい佑月を好奇の目で見た。
「何この小さい人、かわいいわあ」
と、女房達などはそう言って声を上げた。
佑月はあまり愉快ではない。
「このお屋敷で奉公するんだと」
と、屋敷の家人は言った。
「奉公って、こんな小さななりで何ができるっていうのさ」
と女房達は言った。
(あ!そう言えばこの体で何ができるんだ?)
と佑月は、この時初めてそのことに気づいた。
「なあに、奉公とは名ばかりでこのお屋敷で飼おうってことさ」
と、家人は佑月を見て鼻で笑った。
佑月は歯ぎしりして、必死に怒りを堪えた。
佑月が家人に案内されて渡り廊下を歩いていると、
(ーーあ!あれは!)
と佑月は目を見張った。
佑月はこの屋敷の主人の娘らしき者を見た。
(あれは八百比丘尼じゃないか!)
佑月が思った通り、そこにいたのは八百比丘尼だった。
八百比丘尼はちらりと佑月を見て、何もなかったように行ってしまった。
(小さい俺を見てのあの反応ーーやっぱり俺のことを知ってる!)
佑月は、娘を八百比丘尼だと確信した。
(なんで八百比丘尼がこんなところにーー)
佑月は押入れの部屋をあてがわれ、そこに藁を敷いて横になった。
(ここに八百比丘尼がいた。八百比丘尼は俺にとってのなんなんだ?しかしここで巡りあった以上、俺は八百比丘尼を手に入れたい。確か一寸法師が宰相の娘を手に入れた方法はーー)

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