カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑪

西域への旅の途中、
「何だか暑くなってきたね」海松は言った。
「ーーまさか、そんな」悟空が呟いた。
「そこの人、もうすぐ冬だというのに、この辺はなぜこんなに暑いんでしょうか?」
悟空は村人を捕まえて尋ねた。
「この近くに火炎山という山があって、いつも燃えているのです」と村人は言った。
「あちゃー火炎山か」
悟空は額に手を当てて言った。
「お猿さんどうしたの?」海松が尋ねた。
「ーーいやね、火炎山っていうのは、俺が天界で暴れていた時に、太上老君の炉に閉じ込められたことがありまして、その炉から逃げ出した時に落ちた火でできた山なんですよ」
と、悟空が頭を掻きながら言った。
(へー珍しい、お猿さんが恥ずかしがってる……)海松は思った。
「じゃあ兄貴のせいじゃん」と八戒が言った。
(八戒のバカ!お猿さんが気にしてるのに……)
悟空はますます小さくなった。
「ーーどうやって山を越えていくの?」
「この暑さじゃ、山は越えられないでしょう。そうだ!おーい」
悟空はまた村人に声をかけた。「この暑さじゃ雨が降らないでしょう。作物を育てるにはどうしてるんですか?」
「火炎山より西南に千四百里行ったところに翠雲山芭蕉洞というのがあって」
と村人は答えた。「その洞に鉄扇公主という仙女がおり、その仙女に貢物を捧げると、芭蕉扇という団扇で火炎山に向かってあおいでもらうんです。すると火が収まり、雨が降るので、その間に作物を植えるんです」
「げ!鉄扇公主?羅刹女か」悟空が言った。
「無理だろう、この間紅孩児をやっつけたばかりだから、芭蕉扇を貸してなんかくれないよ」八戒が言った。
(あーもう八戒ったら!)
海松は思ったが、案の定悟空は小さくなっている。
(ーーでも、珍しくお猿さんが困っちゃってる)
と海松は、悟空が困っているのを見たら少し楽しくなってきた。
悟空はしばらく考えて、
「ーーわかりました!俺が鉄扇公主のところに行って芭蕉扇を借りてきます!」
と言った。
悟空は筋斗雲に乗り、芭蕉洞に向かった。
「ーー鉄扇公主、あなたの夫の牛魔王の義兄弟の孫悟空です」
悟空が言うと、鉄扇公主は出てきた。
「私は今三蔵法師の弟子になって西域に取経の旅に向かっておりますが、火炎山の火のために先に進むことができません。どうかあなたの持っている芭蕉扇を貸して頂けないでしょうか?」
と悟空は物腰丁寧に言ったが、
「あんただね?うちの紅孩児をたぶらかしてくれたのは。なんてことをしてくれるんだい!」
と羅刹女は非常な剣幕で怒鳴った。
「待ってください!紅孩児をたぶらかしてなんかいません、紅孩児は観音菩薩のところでちゃんと修行をしているんです。ちゃんとしたところですよ」
と悟空は言ったが羅刹女は聞いていない。羅刹女は二振りの青峰の剣を持って悟空に打ちかかってきた。
「あーもうやっぱりこうなった!」
悟空が如意棒でしばらく応戦すると、羅刹女は芭蕉扇を出して一あおぎした。
すると悟空はその風によりはるか遠くに吹き飛ばされてしまった。
悟空は一晩かかって飛ばされ続け、落ちたところは小須弥山だった。
「ーー待てよ、ここには霊吉菩薩はおわせられるはずだ」
悟空はそう思って雲に乗って霊吉菩薩を探すと、はたして禅院が見つかった。
悟空は雲を降りて禅院の門を叩き、
「霊吉菩薩様はおられますか?」と尋ねた。
「私を尋ねる者は誰だ?」と中から声が聞こえた。
「孫悟空という者です。昔天界で悪さを働いたことがありますが、今は前非を悔い、三蔵法師の弟子として取経の旅をしております」
門が開かれ、僧に中に通されて霊吉菩薩に面会した。
悟空は事情を説明し、
「これでは羅刹女に近寄れません。菩薩のお知恵をお貸し願えませんでしょうか」と言った。
「ーー芭蕉扇を貸してもらえるかはわかりませんが」
と、事情を聞いた霊吉菩薩は言って悟空に金丹を渡した。「それは定風丹です。それがあれば風に飛ばされることはありません。背中に縫い込んでおけば良いでしょう」
と言って、霊吉菩薩は悟空の背中に定風丹を縫い込んだ。
悟空は厚く礼を言って、霊吉菩薩の元を出た。
筋斗雲に乗って再び芭蕉洞に行くと、また羅刹女と争いになったが、羅刹女がまた芭蕉扇を取り出して悟空をあおいでも、悟空は飛ばされない。
羅刹女は逃げ出し、中に戻って扉を閉めたが、悟空は小さな虫に変身してまんまと中に入り込んだ。
羅刹女はお茶を汲んで飲んだが、悟空はお茶の中に入って、羅刹女の口の中に入り込んだ。
悟空は羅刹女の腹の中で暴れた。
「うっ__!うおおっ__!」
羅刹女はもがき苦しんだ。
「羅刹女!芭蕉扇を俺に渡せ!」悟空は腹の中から叫んだ。
「誰が__お前なんかに__!」
羅刹女は堪えようとしたが、悟空が腹の中で暴れる痛みにとうとう耐えられなくなった。
「ーーわかった!芭蕉扇を渡してやる!」
とうとう観念して、羅刹女は言った。
悟空は羅刹女の腹の中から出てきて、元の大きさに戻った。
悟空は羅刹女から芭蕉扇を受け取り、海松達の元へ戻った。
一行は火炎山に向かい、芭蕉扇を使って火をあおいだが、火は消えるどころかますます燃え盛った。
「しまった!この芭蕉扇は偽物だ!」
悟空は悔しがった。

「これはまずいところに来てしまったかなーー」
と佑月は思った。
音音は無口になり、機嫌も悪そうだが、佑月にはお茶や食事を出して、ちゃんと接待してくれる。
(世四郎さんもそんな別れた女房のところなんか待ち合わせ場所に指定しなければいいのに。しかしそんな関係なのに、こうやって接待してくれるということは、やっぱり信頼できる人なんだろうな)
とも思った。
姨雪世四郎というのは、庚申塚で佑月が犬士と共に戦った時に、一緒に戦ってくれた者の名である。世四郎だけでなく、その息子で双子の力二郞と尺八郞も共に戦った。
(世四郎さんと力二郎さんと尺八郞さん無事かな……)
あの戦いから何ヵ月も経ったが、あの時の戦いが思い出されて、その時の怖さが昨日のことのようによみがえってきた。
(ーーこの感情だ、この怖さを忘れたら俺は死ぬ)
これまで何回も、鬼ヶ島や下野国の大曽で戦って、怖い者がないかのように感じていた。
(いや、怖くないんじゃなかった。俺は自分の命を大切にしてなかっただけだ。俺は同じことの繰り返しで、自分のやってることに意味がないと思うのが怖かった。誰も褒めてくれない戦いで、意味がないかもしれない戦いが果てしなく続くのが怖かったんだーー)
「全く迷惑な話さ、息子二人は別れた亭主のところで何やら危ないことをやってるようだし、こっちとしては気が休まらないったらありゃしない。息子達も嫁をもらってるんだから、こっちに戻ってきて嫁を安心させてあげりゃいいのに」
と音音は言った。
「え?あの二人結婚してるんですか?」佑月が聞くと、
「おや聞いておりませんでしたか?嫁二人はこの家に住んでるんですよ。もうじき帰ってきますから、このおばばの行き届かない接待よりはお客様に喜んで頂けますよ」
「いや、そんなことないです。至れり尽くせり」慌てて佑月は言った。
「せめて子供でもできればですね、子供のために働こうという気になると思うけど」
そんな話をしていると、二人の女性が家の中に入ってきた。
「力二郎の嫁の曳手(ひくて)、尺八郞の嫁の単節(ひとよ)です。曳手、単節、こちらはお客様の犬塚信乃様。くれぐれも粗相のないようにね」
そうしてしばらくするうち、
「母上」
と言って、二人の男が入ってきた。
「力二郎!尺八郞!」音音が言った。
「力二郎さん!尺八郞さん!」と佑月も音音と声を揃えた。
曳手と単節も、力二郎と尺八郞の側に駆け寄った。
「ただ今戻りました。犬塚殿もご無事で」力二郎と尺八郞は言った。
「二人もけがはありませんでしたか?」佑月が聞くと、
「鉄砲傷を受けて、どうにかここまで戻ってきた」二人が言うと、音音、曳手、単節は眉を潜めた。
「母上、そんな顔をなされるな。母上も庚申塚でのことは聞き及んでおろう。滅ぼされた我らの主家練馬家の再興のために、父上は4犬士を我らの主君に推挙しようとなさった。その際犬士の一人、犬川荘介殿が捕らわれておったので、犬士の方々と我らの手で荘介殿を救出した。母上、父上は男を上げられたぞ!」
と力二郎と尺八郞が言ったが、
「世四郎殿が男を上げたって、私には関係ないことだからね」と音音は返した。
「何を言われる母上!父上が男を上げたこの機会に、母上には父上と祝言を挙げて頂きたい」
「へ?」
と音音はあっけに取られた。「祝言?この年になって?」
「左様じゃ、母上も父上と別れた後も、何かと父上の頼みを聞いたではありませぬか」
「そりゃ世四郎殿が、別れたというのに甲斐性もなくあれこれと頼み事をしてくるから、仕方なしに聞いてやっただけですよ」
と音音は顔を背けて言った。
(おおっ!祝言……)佑月はこの言葉に強く惹かれた。
口では世四郎を嫌っているそぶりの音音も、内心はまんざらでもないようで、
「まあお前達も、お家が再興されたら姨雪家の嫡子でなく庶子になるしね。この年で祝言を挙げたって一緒に住まなくてもいいだろうけど、お前達の顔が立つなら祝言をしてやってもいい」
と言った。そこに、
「音音、いるか?」
と、姨雪世四郎が入ってきた。

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