カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑩

紅孩児は悟空と観音菩薩を見ると、
「なんだお前は?情けない、あんな女みたいな奴に助けを求めるのか?」
と紅孩児は言って、例の5台の車を前に出し、口に呪文を唱えて三昧真火を発した。
すると観音菩薩は、甕を取り出してその甕から三昧真に対して水を注いだ。
「バカめ!水なんかで三昧真火が消えるもんか!と紅孩児は言ったが、この甕の水はただの水ではない。
世界の海の水の半分が入っているという甕で、たちまち洞内は水で溢れかえり、とうとう三昧真火を消してしまった。
「おのれ!火がなくたってお前なんかに負けるか」
と紅孩児は言って、火炎槍を持って悟空に打ちかかってきた。
「それでは悟空、頼みましたよ」
と言って、観音菩薩は先に洞を出た。
悟空は紅孩児と戦ってわざと負けて逃げ、紅孩児が悟空を追うのを諦めると、
「おい待てこの父親のろけの甘ったれ!」
と言って紅孩児を怒らせた。幼い紅孩児は罠とも気づかずに悟空を負い、とうとう補陀落山まで来てしまった。
補陀落山に着くと、悟空は観音菩薩のいるところに向かった。
「観音様!」
観音菩薩を見ると、悟空は観音菩薩に呼びかけた。
すると観音菩薩は蓮台を降りて逃げ出した。
悟空も一緒になって逃げる。
「なんだよ二人とも逃げちまったじゃねえか」
紅孩児は悟空と観音菩薩を追おうとしたが、観音菩薩の蓮台を見て立ち止まった。
「これが補陀落山の頂点に立つ観音菩薩の坐す蓮のうてなか。座り心地はどんなもんだ?」
と言って蓮台に座ってみた。
すると蓮の葉はたちまち鋭い刀に変わり、紅孩児の両腿に突き刺さった。
「痛え!」
と紅孩児は喚いて上半身をばたばたさせたが、両腿に食い込んだ刀は抜けない。
これは観音菩薩があらかじめ36本の天罡刀(天罡は北斗七星の意)を作って仕掛けておいた罠だった。
「これであなたは逃げられませんよ」
と観音菩薩は戻ってきて言った。そして紅孩児の頭、両腕と両足に金箍を嵌めた。
「紅孩児、殺生はやめて私の弟子になりなさい」
と観音菩薩は言ったが、
「うるせえ!誰がお前なんかに!」
と言って、紅孩児は逃げようとした。
しかし、観音菩薩が経文を唱えると紅孩児は痛がってのたうち回った。ついに、
「わかりました!弟子になります!」
と、紅孩児は観念した。
「これからお前は善財童子と名乗り、仏道修業に励みなさい」
と観音菩薩は言った。
悟空は観音菩薩に厚く礼を述べて補陀落山を去り、枯松澗火雲洞に戻って縄で縛られた海松を助け出した。
「お猿さーん!」
と海松は悟空の首に抱きついて泣き出した。
「孫行者と言ってくださいよ」悟空は言った。
「ごめん!もうお猿さんの言うこと疑ったりしないから!お猿さんが妖怪だと言ったらもう相手しないから!」
「わかってくれりゃいいんですよ」
こうして悟空は八戒と沙悟浄を呼び、一行は旅を進めた。

(呪術廻戦、チェンソーマン、薬屋のひとりごと、逃げ上手の若君、推しの子、東京リベンジャーズ……)
佑月は、歩きながら自分の持っているマンガの数を数えていた。
単なる時間潰し、もしくは現実逃避である。
佑月は既に、桃太郎の鬼ヶ島、一寸法師の京の都、百目鬼の大曽を順番に、何度も回っていた。
百目鬼を倒して荒目山に行こうと南下するたびに、いつの間にか鬼ヶ島のある吉備国を北上しているのである。
(葬送のフリーレン、アンゴルモア、終末のワルキューレ……)
一寸法師の京の都では、宰相の館に住む度に八百比丘尼をものにしようとしたが、いつも直前になって嫌になり、果たせないでいた。その度に佑月は自分が嫌になったり、「これでいいんだ!」と爽快な気持ちになったりした。
佑月もこの繰り返しからは早く脱け出したかった。しかしなぜ同じ世界観が順番に繰り返されるのかがわからない。
そしてとうとう、考えることを放棄してしまったのである。
今は、その何度目かの鬼ヶ島。
「桃太郎さん、鬼ヶ島に着きました」
犬が言った。佑月はしばらく考えて、
「ーーめんどくせ」
と言って、道端に肘をついて横になってしまった。
「えーっ!」
と犬、雉、猿が叫んだ。
佑月はすっかり、熟練の傭兵のように場馴れしてしまっている。
(こんなことをしても誰かが見てくれる訳じゃないし、金ならいくらでもあるし)
犬士から路用の金としてもらっていた砂金は、吉備国に入ると元の量に戻っていた。
(そもそもなんでこんなことやるのか意味わかんねえし。大体なんで桃太郎も一寸法師も子供なんだよ?鬼退治は大人がやれよ)
一通り腐ると日が沈みかけ、夜になってきた。
「そろそろやるか」
佑月はむくっと起き上がり、犬と雉と猿に手短に指示を告げて、いつもの農家に止めてもらえるように頼んだ。
(しかし砂金の量が元に戻るということは、状況が変化していないってことだよな?)
佑月はそのことに初めて気づいた。
(京の都から宇都宮までは、砂金の量は減っている。つまりやることに問題はないってことだ。つまり八百比丘尼には手を出さなくて正解ってことか)
夜中になり、佑月は農家を出て、鬼ヶ島に忍び込んで鬼の大将の温羅を斬り、建物に火をつけた。
「これで一丁上がりと」
後はここで出会う犬阪毛野と共に鬼を斬りまくって、鬼ヶ島を脱出した。
そして毛野と別れて京に向かって旅をする。
(俺がなんで八百比丘尼にこだわるのか、なんで八百比丘尼に手を出せないのかわかってきた。俺は海松は八百比丘尼のようになってほしくないんだ」
京に着き、お椀の船で川を下って宰相殿の屋敷に入り、いつものように八百比丘尼の唇に米粒をつけて、
「米袋の米を姫に取られた!」
と騒いで姫を屋敷から連れ出す。
「ーーもそっと早う歩いてくださりませぬか?」
と、いつものように八百比丘尼に声をかけられると、
「ーーあんたは哀れだな」
と佑月は言った。
意外な言葉に、八百比丘尼はしばらく黙った。
「あんたは今まで何度も男に裏切られてきたんだろ。そうやって俺を地獄にひきずり込もうとしているが、ほんとはあんたが救われたいんだ)
「一体何を言ってーー」
「あんたは知ってるはずだよ。女に振られた俺が第六天魔王を倒すためにここに連れてこられたのを。今回やっとわかった。あんたはかわいそうだけど、俺が助けたいのはあんたじゃない」
「何を訳のわからないことを言ってるのかねえこの男は」
八百比丘尼はいらいらした口調で言った。「さあ運命の勇者様、お仕事の時間だよ!」
八百比丘尼が言うと、ひとつ目の鬼がやってきて、佑月を口に入れて食った。
佑月は鬼の目から外に出て、鬼がまた口に入れるのを繰り返して、鬼は打出の小槌を置いて逃げ出した。
佑月は打出の小槌を自分の頭に振って、元の大きさに戻った。そして八百比丘尼の前から立ち去ろうとした。
「ーーどこへ行くのかえ?」八百比丘尼が言うと、
「連れ出しておいて済まないが、あんたとはここまでだ」と佑月は答えた。
「あんたの女はもう戻ってこないよ、私ならあんたをその女より喜ばせてあげるよ」
八百比丘尼は言ったが、佑月は振り向かない。
「ーーなんだよ!あんたみたいな奴なんかこっちから願い下げだよ!」
八百比丘尼が佑月の背中に捨て台詞をぶつけたが、佑月は構わず道を進んだ。
(このまま東に行けば大曽か。百目鬼退治は誰がやったっけ?俵藤太だったか)
そして大曽に入り、大曽の北西の兎田に向かい、百目鬼を目にして側にあった白骨死体の弓矢を拾って百目鬼に向けて矢を射る。
百目鬼が倒れた。
(ここから南下するとまた鬼ヶ島に戻る。なんでだ?)
佑月が倒れた百目鬼をじっと見ていると、ぴくりと百目鬼が動いた。
(ーー生きてる!)
佑月は腰の村雨を抜いた。村雨から水気が立ち上る。
「お前は俵藤太の獲物だ!生き延びて英雄の戦いを汚すな!」
佑月は百目鬼の胴を真っ二つにした。
佑月はそのまま、道を南下した。
(ーーいつもなら、この辺から吉備国を北上しているはずだ)
そのまま進んだが、いつもと見える景色が違う。
(おおっ?これはーー)
さらにしばらく行き、土地の者に道を尋ねると、もうじき荒目山に着くとのことだった。
(やった!ついに荒目山だーー)
佑月は足取りも軽く進んでいく。
(犬士のみんなはいるかな?ずいぶん時間が経っちまったからなあ。ああでも砂金の量が元通りになるってことは、時間が逆戻りしてるってことか?まあどっちにしろ、荒目山で犬士に会えなくても、そこで何かはわかるだろう。荒目山では、音音(おとね)という人を尋ねるんだったか)
やがて、小さな家が見えてきた。
(ここかな?)
佑月は家の中に声をかけた。
中から出てきたのは初老になる女性だった。
「音音さんですか?姨雪世四郎という人から、ここにくるように言われました」
女性は眉を潜めたが、佑月を中に入れてくれた。
「せっかく来てくれましたけど、頼りない縁ですね。姨雪世四郎というのは昔の亭主の名ですが、それもちゃんと祝言を挙げた訳じゃなくて、私に子供ができると私を捨てて逃げていった甲斐性無しですよ。あの世四郎が何の面目があって私に頼み事をしてくるのやら」
そう言って音音はため息をついた。

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